橋下徹・大阪市長と維新の会は今も勢いを増している。「橋下政権」に有権者の期待が高まる中、永田町では誰も彼もがそのおこぼれにあずかろうと必死だ。橋下氏が持つ「磁力」は、台風の目というよりさながらブラックホールの吸引力である。目先の票を目当てに、「橋下人気を利用してやろう」という浅はかな考えで近付く者は、そのまま渦の中に呑み込まれることになる。ジャーナリストの武冨薫氏がレポートする。
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維新ブラックホールに吸い寄せられているのは、むしろ第三極よりも、息の根を止められる側の民主、自民、公明3党である。自民党と民主党のW党首選挙にも大きな影響を及ぼしてきた。
自民党では安倍晋三・元首相が、「維新の会と連携していくという選択肢を大切にしたい」と強調すれば、ライバルの石原伸晃・幹事長も負けじと橋下氏と会談。父の石原慎太郎・東京都知事を後見人としたパイプを誇示して見せた。
維新の会は今年春の時点で安倍氏に自民党離党と維新への合流を打診し、「安倍氏は決断できなかった」(橋下ブレーン)とされるが、自民党内には、「安倍さんは総裁選の結果次第では自民党から大量離党で維新に合流し、保守再編に動くつもりだ」(安倍支持派議員)という声があがっている。
一方で橋下氏の周辺では、大阪市特別顧問でブレーンの山田宏・前杉並区長や中田宏・前横浜市長ら松下政経塾OBを中心に、維新旋風を利用して自民、民主にまたがる保守再編を仕掛ける動きがあり、民主党では原口一博氏が橋下詣でに血道を上げる。保守再編と言っても、こちらは民主党保守系議員の生き残り作戦と連動した民自公+維新による大連立構想だろう。選挙で大苦戦を強いられることが決定的な既成政党の悪あがきである。
しかし、維新が自民党の補完勢力になることも、保守再編という名の大連立も、国民が維新に期待する非民自公の第三極政権とは本質的に違う。既成政党を否定し、「統治機構のあり方を変える」と主張してきた橋下氏が志向する政権の姿とは考えにくい。
では、維新サイドの真意はどこにあるのか。
自民党保守派へのアプローチは、彼らの「生殺与奪の権」を握ることが狙いだろう。橋下氏との力関係から言えば、安倍氏や石原氏が維新とのパイプを強調すればするほど、橋下氏の影響力が強くなる。そう考えればどちらが有利かよくわかる。
安倍氏や石原氏が、「橋下とは組まない」と言っても維新側は何の痛痒も感じないだろうが、橋下氏が何かの拍子に、「彼らは改革派ではない」とつぶやいただけで、彼らの求心力は一気に落ちる。維新人気を利用する安倍氏や石原氏は、橋下氏に擦り寄ることで生殺与奪の権を握られてしまったと言っていい。
そうして逆らえなくしたうえで、維新の会は自民党分断を仕掛けようとしている。
実は、維新の会の首脳部が行なった選挙情勢調査の分析資料には、自民党やみんなの党の新人候補を維新に鞍替えさせる方針が記されている。それによって民主、自民ともに壊滅的打撃を受けると予測しているのだ。
さらに維新は前述の松野氏ら以外にも、与野党議員に対して「離党と維新八策への賛同」を条件に新党参加を呼びかけ、「維新旋風」のおこぼれで生き残りたい議員心理を利用して既成政党からの引き剥がしにかかった。ちょうどみんなの党の渡辺代表に突きつけたのと同様に、「維新につくか、自民に残るか」の踏み絵を迫っているのである。維新との関係を壊したくない自民党側は、懐に手を入れられても指をくわえて見ているしかない。
いったん離党を断わられた安倍氏にも維新側は再三、自民党離党による合流を求めているとされる。
一度維新の「磁力」に吸い寄せられた既成政党からは既に脱走者が出ているし、手を切れば脱走者がさらに増えかねない状況が生まれている。「自力で戦う」ことを表明した小沢氏と、「橋下維新への接近」を画策した民主党、自民党、みんなの党のどちらが選挙後に発言権を持つか、なかなかの見物である。
※SAPIO2012年10月3・10日号