シンガーソングライターとして活躍していた、うかみ綾乃さんが、官能小説の世界へと足を踏み入れたのは今から3年前。最愛の弟の死がきっかけだった。
「坂口安吾の『堕落論』じゃないですけど、ほんとに一時期は廃人寸前の状態でした。人間はいつか死ぬんだなと思ったら、いくら努力したって、なんの意味もないし、生きている意味もわからなくなっていました」
死生観が大きく変わってしまった。だが…、
「自分もいつ死ぬかわからないから、できる限り人に迷惑をかけないようにしよう、そう思って部屋のものを片っ端から捨てていったんです。でも、この本たちだけはどうしても捨てられなかった。書きたいというエネルギーが私を救ってくれたんです」
その本とは、雑誌『SMスナイパー』。10代の頃から文学のなかに描かれる猥褻な性愛に魅せられ、愛読書だったという。やがて官能小説が織りなす豊穣な言葉の世界を、自ら描きたいと思うようになり、本格的に執筆を開始。
それからというもの、まるで水を得た魚のように次々と著作を上梓し、『窓ごしの欲情』(宝島社文庫)で、新人賞受賞。そして、『蝮の舌』では伝統ある筝の世界を軸に、サディズムとマゾヒズムが倒錯する淫靡な愛と性を描き、官能小説界においても権威ある“第二回・団鬼六賞大賞”を受賞。一躍、売れっ子小説家となった。
「官能小説は最終的にセックスへと導いていくもの。だからこそ、そこまでの言葉の展開や濡れ場の見せ方にそれぞれの作家の個性と美学が表れて面白い」という。そんな彼女が感じるエロスとは?
「私が感じるのは、恋愛とか愛とか性欲とか、そんなものをはるかに超えた結びつきです。本作でも、何かに囚われたりどうしようもない境遇のなか、もがきながらも求め合う人と人との結びつきを書いていますが、これが私のテーマです」
女性官能小説家も活躍する現代、昔に比べて男性からの偏見は少なくなったというが。
「むしろ、女性から冷視されますね。“経験したことを書いているの?”とか(笑い)。やっぱり女性がまだまだ男性の価値観に洗脳されているんです。男の人からどう思われたいかと考える。セックスのとき演技をしている女性はすごく多いと思います。それに気がついていないのは男性だけ。だいたい男性の8割はセックスが下手ですから(笑い)」
そもそも日本は男性主導の性文化が長年、続いてきた。「アダルト動画にしても、そうですよね。潮吹きなんていい例で、そもそもあれは男の人が喜ぶためにやることで、単なる体の反応です。むしろ女性の体には負担がかかりすぎてよろしくないそうですよ。無理して男性に合わせず、もう少し女性もワガママになってもいいんじゃないでしょうか」
※女性セブン2012年10月4日号