東京駅で毎日売り切れるお弁当がある。メインの食材はこれまで「低価格の牛肉」としか認知されて来なかった国産牛だ。生産者は群馬県赤城山麓に住む畜産農家。彼が育てる牛が今注目を集めている。口蹄疫、原発事故と次々と荒波が襲う厳しい農業の中で、「新しい価値観の創造」に挑む、ひとりの畜産農家の姿をレポートする。(取材・文=ノンフィクションライター・神田憲行)
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お弁当の名前は「小堀低脂肪牛使用 トマトすき焼き会席御前」という。料理の鉄人で知られる中村孝明氏の監修のもと、「低脂肪牛」を使ったトマト味のすき焼きがウリだ。その「低脂肪牛」を育てているのが、群馬県の畜産農家、小堀正展さん(32歳)である。食材のビジネスショーに小堀さんが出展していた「宮小の低脂肪牛」に弁当メーカーが興味を持ち、今回の企画が実現した。1500円という行楽弁当の価格帯ながら、企画のユニークさと「低脂肪牛」というネーミングがヒットした。
今回の企画は消費者だけでなく、食肉業界にもいささか誇張めいていうと、驚きで迎えられている。なぜなら小堀さんが飼っている牛は、国内では大衆用としてしか扱われなかったホルスタイン種、国産牛だからだ。
一般に「○○牛」と呼称される牛は「和牛」と比べて3分の1から4分の1の価格で取引される。理由は「サシ」と呼ばれる脂肪分が少なく、和牛に比べて味が劣る、とされているからだ。
小堀さんは10年前に親の代から今の牧場を受け継いだときに、まずそこに疑問を持った。
「まるで脂だけが牛の味を決めているみたいで変じゃないですか。赤身だって美味しいし、脂肪分より赤身が好きな人もいるんですから」
大切に育てても、ただ種類が違うというだけで市場から安い値段を付けられる。市場だからそういうもの、という今までの考え方に、小堀さんは「黒毛もホルスタインも同じ命じゃないか」と納得できなかった。
そこで自分の肉を検査に出して、A5ランクの和牛に比べて「カロリー、脂肪分は低く、高タンパク質」というデータを得て、「宮小牧場の低脂肪牛」という商標登録をした。ホルスタイン農家が商標登録をすることは珍しいという。
さらにツイッターで積極的にPR活動も始めた。AVメーカー「ソフト・オン・デマンド」の元設立者で今はアグリビジネス「国立ファーム」を経営する高橋がなり氏が「経営するレストランで肉も出したい」とつぶやいたのに反応、試食会を実現し、同社の野菜レストラン「農家の台所」に商品を納入することに成功した。
生産農家は牛を出荷したらあとは流通業者にお任せ、ということを小堀さんはしない。自らどんどん出かけてアピールしていく。小堀さんは「一次産業がどんどん二次産業、三次産業にも関わっていかないと未来がないと思います」という。
新しい農家の将来像を模索する日が続く。