メディアのあり方が変貌しつつある。この作品をめぐる動きは、後に振り返ってみれば“事件”と位置づけられるようになるかもしれない。作家で五感生活研究所の山下柚実氏が総括する。
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9月29日、半年間の放送が終わったNHK連続テレビ小説『梅ちゃん先生』は、大きな話題を集めたドラマでした。20%超えという高視聴率だけではありません。「好評のうちに終わりました」と一言では括れない、複雑な現象がこのドラマをめぐって起こっていたからです。
一般の視聴者が感想を書き込む、ウェブのヤフーテレビ「みんなの感想」コーナー。「梅ちゃん先生」については、半年間で4万3千件を超える大量のコメントが掲載されました。
これだけの感想がネット上に寄せられ、他の人の感想を直接読むことができたのは、おそらく朝ドラ史上、初めてのことではないでしょうか。
「毎朝癒された」「楽しみに見た」という肯定的な意見の一方、コメントの7割以上が評価「星一つ」という厳しい採点でした。批評の内容を見ると、多岐に亘っています。
「リアリティが乏しい」「昭和という時代の考証が不十分」「蒲田というまちが見えてこない」「子育てが描けていない」「家族のあたたかさが伝わってこない」などなど。
俳優の好き嫌いやストーリーに対する好みの問題はさまざまですからここでは問題にしませんが、「地域医療に貢献する女性医師」を主題に掲げたこのドラマに、医療の描き方に対しての厳しい批評が寄せられたことはちょっと見逃すことができませんでした。
「ご献体に対して、お化け屋敷のようにキャー、怖いなどと医学生が騒ぐシーンはどうしても許せなかった」という意見、「近くに大きな病院ができたら患者は町の医者へは行かなくなるという筋だては、地域医療や患者を理解していない」、「医者が新薬の治験を安易に進めている、という誤解を与えてしまう」といったものもありました。
インターネットが浸透し、社会に対してさまざまな働きかけや影響力を持つようになりました。「中東の春」にはソーシャルネットワークの影響力が指摘され、中国の反日デモはITを介して全土に呼びかけられたと言います。
日本も例外ではありません。たとえば「エネルギー・環境に関する選択肢」についてのパブリックコメントを国がネットで募集し、たくさんの人が意見を寄せました。法律や政治の方向性を決める際に、国がネットを使って意見を募る方法はすでに広く認知されています。
そのように変化してきた社会状況の中で、たとえ朝ドラとは言っても、公共放送で数千万人の目に毎日触れる内容について、ネット経由でたくさんの意見が寄せられました。「地域医療」という「命」をめぐる社会的なテーマに対して、視聴者が発信したコメントを、いかに受け取り、いかに今後に反映させるのか。
視聴者の声に応えて真摯に考えることを、公共性のともなう放送局が求められる時代が、ネット社会とともにやってきたのではないでしょうか。「梅ちゃん先生」は、その意味で、新しい社会的現象を生んだドラマとして記憶されることでしょう。
10月には続編スペシャル「梅ちゃん先生~結婚できない男と女~」が放映される予定です。その前に、視聴者から寄せられた数々の「地域医療」という大切なテーマに対する批評について、正式な見解をパブコメすることが放送局に求められているのかもしれません。