9月26日に投開票が行なわれた自民党総裁選では、安倍晋三・元首相が勝利したが、その最大の見せ場は、投票1時間前、安倍陣営の決起集会での異様な光景だった。
正面の大テーブルの中央に座った安倍元首相の前には大盛りのカツカレーが用意され、一心不乱にかきこんでいく。集まった数十人の議員たちはその様子を固唾をのんで見守り、食べ終わると、「完食だぁ~」と歓声が上がった。
その一部始終がネットで中継されたのである。
中継カメラの前でカレーを食べてみせるという見え透いたパフォーマンスをした元首相も情けないが、嫌いな野菜を我慢して食べたお子様じゃあるまいし、「よくやった。これでもう大丈夫だね」と喜んでみせる支持派議員たちは国民をバカするにもほどがある。自民党総裁は次期首相の最有力候補だ。いつからこの国では、カレー完食が「総理・総裁の条件」となったのか。
しかも、そうした安倍陣営の健康アピール作戦は党員にも展開された。総裁選期間中、古くからの自民党員だという東海地方の主婦が朝9時に電話をとると、聞き覚えのある甲高い声が聞こえてきた。
「誰かな? と思って出たら、『安倍晋三です。1年だけで総裁をやめたのは申し訳なかった。心身ともども丈夫になったからお願いします』と一方的にしゃべるんです。一瞬、驚いたけど、録音でした」
彼女は最後まで聞かなかったという。
6年前の総裁選で、安倍氏は「美しい国」を掲げて議員票の3分の2を集めて圧勝した。当時、国民は70%(読売新聞調査)の高支持率を与えて52歳の若き首相を歓迎したが、わずか1年後に持病の腹痛(潰瘍性大腸炎)の悪化で政権を投げ出した。
「なかなか国民の支持、信頼の上において力強く政策を前に進めていくことは困難な状況である」
退陣会見でそう語った弱々しい姿は、いまも国民の脳裏に残っている。
いくら健康をアピールしようと、多くの議員、党員、国民は、安倍氏が首相時代にめざましい成果をあげながら、病気のために惜しまれながら身を退いたとは考えていないのである。
だから、今回の総裁選の1回目の投票では石破茂氏が党員票の過半数を占めてダントツ1位だったのに対し、安倍氏が得たのは議員票、党員票ともに4分の1と前回の勢いは見る影もなかった。
「決選投票で安倍さんが逆転できたのは、長老グループのパペットだった石原伸晃さんがコケたから。次に操りやすい安倍さんに票が集まった」(石原選対の議員)
何度も総裁選を経験してきたその長老たちにしても、6年前の輝きもパワーも失った「腹痛の安倍」の再登板にはキツネにつままれたような思いだったようだ。
投開票直後、自民党本部8階の会場から出てきた森喜朗・元首相と福田康夫・元首相がエレベーターホールでばったり顔を合わせるや、「まさかこうなるとはね」という表情で大爆笑したのである。
“なーんだ、結局、安倍かよ”
政界引退を決めている長老2人にすれば、この党の人材不足を笑って誤摩化すしかなかったのだろう。
※週刊ポスト2012年10月12日号