「アジアの成長を取り込む」と言うと、これまで日本は中国ばかりに目を向けてきた。だが、13億人の巨大消費市場とはいえ、“人治国家”中国では共産党幹部と密接な繋がりを持つ地元企業が有利に動く。日中関係が悪化すれば反日デモの嵐が吹く。
日本はむしろ、6億人の人口を抱え、成長著しい東南アジアに視線を向けるべきではないか。東南アジア事情に詳しい、日本総合研究所・上席研究員の大泉啓一郎氏が、その将来性について論じる。
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少子高齢化が進み、国内市場が頭打ちであることを受けて、政府や多くの日本企業がアジアの成長を取り込もうと以前より戦略を練っている。
残念なことに、一部企業を除けば、日本企業や、政治家、官僚、そしてマスメディアの多くが語る「アジア戦略」は「日中韓」に偏っている。特に近年は、中国が俎上に載ることが圧倒的に多い。
しかし、中国ばかりに傾注することは果たして正しい戦略だろうか。 中国はよく、「13億人の巨大マーケット」として取り上げられるが、東南アジア諸国連合(ASEAN)の人口は約6億人である。
政治的にも、日本は「アメリカ」と「中国」という2枚のカードしか持ってこなかった。中国に対してアメリカというカードを切り、アメリカに対して中国というカードを切るしかなかった。
だが、そこにASEANという新たなカードが加われば、選択肢に幅が出てくる。親日的で、かつ将来の可能性を秘めているASEANに目を向ける必要がある。
経済産業省『通商白書2009』では、アジア消費市場を、年間世帯可処分所得が3万5001ドル以上の「富裕層」、5001ドル以上3万5000ドル以下の「中間所得層」、5000ドル以下の「低所得層」の3つに区分した。
これによれば、ASEAN5(タイ、マレーシア、インドネシア、フィリピン、ベトナム)における「富裕層」は約930万人にとどまる。ただし、これらの国では衣食住に関するコストが低いため、ドルベースで所得水準が同じであれば、日本や韓国、台湾などより多くの耐久消費財やサービスを購入できる。つまり、実際にはもっと多くの富裕層がいるのだ。
通商白書が用いたユーロモニターの推計データでは、中間所得層を、年間世帯可処分所得が5001~1万5000ドル、1万5001~3万5000ドルとさらに2つの所得層に区分している。この分かれ目となる名目1万5000ドルという所得は、物価を考慮した購買力平価レートを用いれば、タイ、マレーシア、インドネシア、フィリピンでは2万5000ドルを超え、ベトナムでは4万ドルに達する。
この点を考えると、1万5001~3万5000ドルの「上位中間所得層」と言うべき層は、「富裕層」に含めても差し支えないだろう。その合計はASEAN5では約3700万人に達する(ちなみに中国は約7800万人)。
事実、バンコクやクアラルンプールといった都市は先進国と変わらない景観を持ち、そこでは乗用車やブランド品、iPadなどの電子製品、液晶テレビなどが売れている。この急増する富裕層のニーズを掘り起こせば、日本製品の新たな巨大マーケットになるのだ。
さらに、これまで日本企業がASEANに直接投資した資産残高は8兆5718億円(ASEAN6、2011年末。日本銀行統計資料より)と、対中国の6兆4677億円(同)を大きく上回っている。これまでは生産拠点として進出する対象だったわけだが、これからは現地生産した製品を消費してもらう戦略も一層進めるべきだろう。
※SAPIO2012年10月3・10日号