日本政府が尖閣諸島の国有化を決定ことに対して、中国国家海洋局は尖閣諸島周辺海域に巡視船2隻を派遣した。中国国防相は報復を示唆し、ついに軍事力を前面に、領土拡張へと動き出した。が、日本に対して牙を剥くのはむしろ遅かったと言っていい。すでに多くの国が中国の版図拡大の脅威に晒されている。 ジャーナリストの井上和彦氏が現状をレポートする。
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中国は、増強著しい軍事力を背景に、近年とみに東南アジア諸国に対する圧力を強めている。中国の国防費852億ドルは、東南アジア諸国全体の国防費329億ドルの2.5倍余りだ。東南アジア諸国全体の陸上兵力、作戦機の数、艦艇の総トン数がそれぞれ153万人、1050機、60万tであるのに対し、中国はそれぞれ160万人、2070機、135万t。しかも、中国の国防費の伸び率は毎年2桁を続けているのだから差は開くばかりだ(数字は2011年。いずれも概数)。
とりわけ圧倒的な海軍力が、東南アジア諸国への威圧外交を支えている。中国海軍は人員22万人、艦艇1088隻を擁し、近年は目覚ましい近代化を遂げている。なかでも江凱型フリゲート艦は、ヨーロッパ諸国及びロシアのハイテク技術を盛り込んだ最新型で、ステルス性が高い。
旧ソ連製空母ワリャーグを再生して空母保有を実現し、潜水艦戦力の拡充にも努めている。1万t級の大型病院船を建造したことなどから、外洋での軍事行動を想定していることが読み取れる。
東シナ海で日本に対する挑発行為をエスカレートさせる中国は、南シナ海では、南沙諸島(スプラトリー諸島)、中沙諸島、西沙諸島(パラセル諸島)の領有権を争うフィリピン及びベトナムに対して軍事的攻勢を強めている。
2011年2月25日には、中国のフリゲート艦が南沙諸島のジャクソン環礁でフィリピン漁船3隻を威嚇射撃によって追い払うという事件があった。3月2日には、哨戒艇2隻が南沙諸島のリード礁でフィリピン政府から許可を得ていた資源探査船の作業を妨害し、衝突寸前となった。
現場はフィリピンの排他的経済水域(EEZ)内だった。それまで中国の資源探査船が、フィリピンが自国の領海だと主張する海域で探査活動を繰り返すことはあったが、フィリピンの探査活動の妨害に出たのは初めてだった。5月31日には、中国海軍の艦船が、フィリピンが領有権を主張するパラワン島沖のイロコイ礁近くで建築資材を降ろし、ブイや杭を設置した。
同様に、同年5月26日には、中国艦艇3隻が南シナ海のベトナム近海でベトナムの資源探査船の海洋調査を妨害し、曳航していたケーブルを切断した。場所はベトナムのEEZ内だった。6月9日には、今度は中国漁政局の監視船に護衛された中国漁船が、南沙海域でベトナムの資源探査船のケーブルを切断した。
そうした蛮行に対し、フィリピンもベトナムも「領海侵犯だ」と強く抗議したが、逆に中国は「我が国の領土、領海だ」と開き直った。そればかりか、今年6月21日、領有権を争う南沙・西沙・中沙諸島を施政下に置く「海南省三沙市」を設けることを一方的に発表。
7月に入ると、この「三沙市」の人民代表大会を西沙諸島で開催し、「三沙市長」を選出した。加えて、中国共産党中央軍事委員会が「三沙警備区」を設定して軍による警備を合法化した。これに呼応するかのように、さっそく中国漁船が南沙諸島の周辺海域に現われて操業を始めている。強引に実効支配の既成事実化を推し進めているのである。
そんな中国とフィリピンの一触即発の事態に不可解なことが起こった。今年4月、両国が領有権を主張する中沙諸島に双方が艦艇を送り込んで睨み合いを続けていたところ、6月になってフィリピンが艦艇を引き揚げてしまったのだ。
その舞台裏について、古森義久氏(産経新聞編集特別委員)が、米「戦略国際問題研究所(CSIS)」上級研究員の「中国の威圧的な経済外交=懸念すべき新傾向」という論文を引用して解説している。
それによると、艦艇の睨み合いが始まるや、中国はフィリピンの主要輸出品で、その30%が中国に輸出されているバナナに、「ペストに汚染されている疑いがある」などと言いがかりをつけて輸入制限した。さらに、中国人観光客のフィリピン訪問を禁止した。フィリピン経済は大打撃を受け、フィリピン政府は艦艇を引き揚げざるを得なくなったというのである。
権謀術数に長けた中国は、軍事的圧力と「威圧経済外交」を併用し、相手国の経済に打撃を与えることで自らの政治的主張を実現させようとしているのである。
※SAPIO2012年10月3・10日号