ベストセラー『がんばらない』の著者で諏訪中央病院名誉院長の鎌田實氏は、東日本大震災後は被災地をサポートする活動を行うとともに、小さな町の病院に緩和ケア病棟を作り、住民と共に死の勉強を続けてきた。その鎌田氏が、緩和ケア病棟の患者について語る。
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秀じいさんは、歯肉がんで、中程度の認知症がある86歳。緩和ケアに来るまでは、イライラして怒りん坊だった。周りの人たちが疲れてしまった。それが病棟に来て笑顔が出るようになった。
昔の話は得意である。自分が腕のいい鍛冶職人だったことを朗々と語るが、今朝何を食べたかはまったく覚えていない。まだらボケだ。多くの認知症の人と同じで、嬉しいとか、悲しいとか、苦しいとかは分かる。
「ここに来て、痛みを止めてもらって楽だ」とニコニコ笑う。
僕が回診に行くと気を遣ってくれた。椅子を集めてきては、僕や研修医たちに「座りなさい」とすすめる。ちぐはぐだが、まだら状にいいところが残っているようだ。
仏様のような顔をした笑顔をみていると、本人はガンもボケもちっとも怖くはないのだろうと思う。
※週刊ポスト2012年10月12日号