米国在住の29歳男性がチャットで知り合った少女(14歳)に会いに行くと、出迎えたのはバットとビデオカメラを構えた2人の男だった。過激すぎる「世界のネット自警団」の実態をジャーナリストの武末幸繁氏が報告する。
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ネット自警団という言葉が広まる契機となったのは、2005年に韓国で起きた「犬糞女」事件である。
韓国の地下鉄車内で女子大生が、連れていた犬の糞を処理せずに降りてしまった。居合わせた通勤客が女子大生の写真を投稿したところ、ネットユーザーたちが彼女をすぐに特定し、個人情報を公開して「犬糞女」と罵倒した。女子大生は退学へと追い込まれ、嫌がらせを止めなければ自殺すると表明。ネット自警団が広く知られることになった。
先のロンドン五輪・フェンシング女子の準決勝で、韓国人選手が微妙な判定で敗退したことに韓国のネットユーザーたちが憤慨し、審判や相手選手らに報復したことは記憶に新しい。ネットユーザーたちは相手のドイツ人選手がかつて「プレイボーイ」誌で披露したヌード写真をネットに投稿、同選手のフェイスブックに大量の罵詈雑言を書き込み、閉鎖に追い込んだ。
プライバシーという考え方が浸透していない中国でも同様の例は多く、個人情報を調べて晒す行為は「人肉捜索」と呼ばれている。動物虐待動画をアップした女子大生や、四川大地震で被災者を罵った女性などの大人ばかりか、テレビでポルノサイトを非難した少女にまで人肉捜索が「発動」されたことがあるという。
こうなると義憤というよりは単に好き嫌いで攻撃対象を定めていると言っていい。
欧米でも事例に事欠かない。ロシアでは今年春、14歳の少女にわいせつ行為を働いたとして、仮面をかぶった男のグループが「犯人」を捕まえ、スタンガンで脅したうえ、身分証明書などを撮影したビデオをネットで公開した。
米国では今年6月、ニューヨーク州で通学バスの監視係の女性(68歳)が車内で中学生から「デブ」「家に小便かけてやる」などと罵られる様子を撮影した動画がネットに流されて大騒ぎとなった。中学生の実名と住所、電話番号までがネット上で公表され、自宅に「電凸」(電話で突撃)する者まで現われたのである。
米国には組織的に活動するグループも存在する。その一つが、子供を性的被害から守るとして2002年にザビアー・フォン・アークと名乗る人物により立ち上げられた団体「パーバーテッド・ジャスティス」だ。
団体のボランティアたちはチャットルームで少女になりすまし、誘いをかけてきた男性と実際に会う。騙された男性は、自警団に顔写真などを公開され、不特定多数から電凸やメールで抗議を受ける羽目になる。
ある男が14歳の少女と会えると思って待ち合わせ場所に行くと、そこに居たのは2人の男。バットで「子供を誘惑するな!」と追い回される様子が撮影・投稿されるというケースもあった。同団体はこれまでに550人を「有罪判決」とし、実際に警察に逮捕された例もある。
こうした“おとり捜査”を行なうことに対し、ジェリー・レオーネ元連邦検事は「訓練を受けていない民間人は自制できなくなる」と警告する。この点について、同団体に取材を申し込んだが、返答はなかった。
欧米ではフェイスブックなどのSNS利用者が多く、実名主義であるため、容易に個人が特定されてしまう。その意味で、日本よりも問題は深刻と言えるかもしれない。
※SAPIO2012年10月3・10日号