緊迫する日中関係、習近平国家副主席は日本への警戒心を露わにし、自民党総裁には安倍晋三氏が就任した。こうした変化はどのような影響をもたらすか。中国に詳しいジャーナリスト・富坂聰氏が解説する。
* * *
尖閣諸島の国有化を機に高まった中国の反日運動は、中国当局が抑え込みに入ったことで鎮静化したかにみえるが、その一方で中国政府による対日圧力は強まるばかりである。
中国が日本と向き合うなかでどんな戦略に出てくるのかが気になるところである。現状を見る限りやはり経済的なプレッシャーと宣伝戦略を駆使するという相変わらずのやり方がうかがえる。
ワンパターンといってしまえば簡単だが、それは裏側から見れば中国の土俵であるとも考えられるのだ。
経済的なプレッシャーについては細かく触れるまでもない。というのも経済関係は日中間を見る限りウィンウィンからルーズルーズに移行するだけのことで、ダメージは双方に残るため長続きはしないと思われるからだ。重要なのはむしろ後者の宣伝戦における中国の動きだ。
明らかにそれが示されたのは習近平国家副主席が訪中したパネッタ米国防長官と会談した席で、会談のなかで習近平は、「ファシストが再び……」という表現で日本に対する警戒心を露わにしたのである。つまりかつて米中が手を結んで戦って抑え込んだあのファシストがまた野心を膨らませているというロジックでアメリカとの良好な関係を演出し始めたのだ。
こうした指摘をしても多くの日本人は、「尖閣は歴史問題ではない」、「いまさらファシストなんて……」と一笑に付すのだが、それこそ日本人が国際戦略を知らない証拠だ。
世界は分かりやすい言葉に反応し流れを作り出すものだ。尖閣問題が歴史問題とは違うかどうかにそれほど時間や手間を割くはずはない。それよりも再び日本が野心を膨らませているというメッセージの方がはるかに伝わるのだ。田中上奏文(第26代内閣総理大臣・田中義一が昭和天皇に行なったとされる上奏文。満豪征服の手順などが記されているが、歴史家の多くは怪文書、偽書だとしている)など、そのことでは日本は何度も煮え湯を飲まされている。田中上奏文がニセモノであろうと(日本が侵略を意図したと)世界が信じてしまえば日本の負けなのだ。
また日本がファシストに位置づけられ始めれば、日本を取り囲む国々の多くは日本がファシストか否かを判断する前に、この機に乗じて日本から有利な条件を引き出そうと動き始める。結果として包囲網ができ上がってしまうことも心配される。
国際社会が他国の弱みを見つけようと虎視眈々と狙っているなかでは、事実かどうかなどどうでもよいことなのだ。
そうしたなか自民党に安倍晋三という総裁が誕生した。そしてこれまで日本として示してきた史観を見直すといった発言を繰り返している。これこそ中国の宣伝戦略にエールを送るすばらしいアシストに他ならない。確かにどんな問題であれ日本が一方的に悪者と決め付けられるほど単純なものではない。だが日本が細かい議論を伝えようとして、誰がそんなことに耳を傾けてくれるだろうか。
それよりも、「ほら、やっぱりわれわれの言うとおりでしょう。日本は過去の戦争を反省してませんよ」という中国のメッセージの方がはるかに強く伝わるからだ。これが日本にとって本当に利益になるのかどうか、やはり慎重に見極める必要があるだろう。