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本屋大賞受賞の冲方丁氏 福島在住で「震災時書くことで楽に」

 書店員の投票で選ぶ本屋大賞を獲得し、ベストセラーになった『天地明察』(角川書店)。その著者が、冲方丁(うぶかたとう・35才)さんだ。『天地明察』は映画化され、現在大ヒット上映中。原作者である冲方さんは3回も撮影現場に足を運んだという。

「滝田(洋二郎)監督と加藤(正人)さんが書かれた脚本を読んで、どう演出されるのかに興味がありましたが、それを見事にやってのけてくれて素晴らしい作品になりました。それを導いたのが、主演の岡田(准一)くんの脚本の読み込み力とそれを演技として発揮する力。頭がよくて、体を張れる役者さんです。ぼくとしては大満足です!というだけでは悔しいので、映画の影響を受けて今後も頑張ろうと思いました」(冲方さん・以下同)

 独特の歴史観が話題を呼んでいる冲方さんだが、今回取り上げる本書は、歴史小説ではなく『小説すばる』に連載されたコラムをまとめたもの。ひとつのコラムは、原稿用紙たった5枚半。その中に、体験と涙を凝縮。書名の通り、思わずほろっときてしまうエピソードが満載なのだ。

「最初は、世の中に怒りの種は尽きないので、怒りをテーマにしたコラムにしようと考えていたんです。でもぼくが書くことによって、世の中の害になり、さらに世界が重くなってしまうのではないかと考えてやめました。それよりも怒りを解きほぐし、自分の感情や社会との和解に向かわせるものを書くほうがいい。人はどうやって和解に向かうのか――。それを考え始めてふと浮かんだのが、“もらい泣き”というタイトルなんです」

 さまざまな人にインタビューし、その話を基に創作していく。まさに、他人が泣く体験を読んで、思わず自分も泣いてしまうような創作を目指した。

「もらい泣きは、他人と自分の感情との和解による涙ではないかと。なので、作中の人物に共感してもらえるような話にしたいと思いました。それに、泣ける話なら、誰もがひとつやふたつは持っているので、ネタには尽きないだろうと思って…(笑い)」

 ところが意外にネタ捜索は難航した。なぜならその人の中には、この話が泣ける話だという認識がそれほどないからだった。冲方さんが「なんか泣ける話ない?」と尋ねても、多くの反応は薄かった。

「いろんな人に聞きまくりましたよ。でも5話目くらいでネタが尽きてしまって、この連載は長くは続かないだろうと思っていました(笑い)。でもそのうちにコツがわかってきたんです」

 そうしてできあがったのが、33編のストーリーだ。自分の高校時代の体験をベースにした『ミスター・サイボーグのコントローラー』や、冲方さんの妻が登場する『爆弾発言』、カメラマンの亡くなった妻が写っていた『心霊写真』等々。

「たまたま乗ったタクシーの運転手さんに聞いた、『タクシーと指輪』はプロポーズを断られて、指輪をなくした話なのに、なぜ泣けるのか。よくよく聞いてみると、そこには隠されたドラマがあって、そういう話にぼく自身も共感し、ついつい文章が長くなって」

 連載中には、東日本大震災も起きた。当時冲方さん一家が住んでいた福島市は放射能の影響を受け、幼い子を抱えての移住を余儀なくされた。

 震災から約1か月後、移住先から福島空港にひとり降り立った冲方さん。タクシーがつかまらないので、呆然と立っていると、「乗って行きませんか」と若い青年が声をかけてくれたという。その青年と父の話『インドと豆腐』も収録されている。

「震災はぼくにとってとてもつらい体験でした。でもつらかったからこそ、書くことで楽になれたのだと思います。書くことで心のトゲが抜けたというか、手術後の糸が抜糸されたような感じがして…。助け合い、支え合い、奪い合いもあったけれど、ぎりぎりのところで保たれる良心に、ぼくは感動しました」

※女性セブン2012年10月18日号

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