「今日は舞台稽古だ」──そんな話をした数時間後、俳優・大滝秀治さん(享年87)は息を引き取った。大滝さんは、昨年末から体調不良を訴え、今年2月に末期肺がんが見つかった。
「主治医から病名を告げられても、“体へのダメージが大きく、役者復帰に支障が出るから”と、手術や放射線治療を拒否したそうです」(大滝さんの知人)
がん発覚後、大滝さんは、6月の舞台を降板。抗がん剤治療に専念していたが、6月末に間質性肺炎を併発し、一時、都内の病院に入院することになった。
「大滝さんは若いころから胸に持病を持っていて、30才のときには左の肺を切除している。残った右の肺までがんにおかされたのだから苦しさは並大抵ではなかったはずです」(前出・知人)
そんな状態でも、大滝さんは復帰を信じて、リハビリのため、病室に昔の舞台の台本を持ち込み、暇さえあれば目を通していたという。87才にして決して衰えなかった役者への情熱は、彼の経歴によるところが大きい。
23才のときに見たトルストイの舞台劇『復活』に感銘を受け、舞台の道を選んだ大滝さん。しかし、初めて入った劇団では、演出家から“壊れたハーモニカのようで不快だ”と酷評されたしゃがれ声のために役がもらえず、長年裏方生活が続いた。
「オファーがあってもチョイ役ばかり。ようやく訪れた転機は45才のときです。舞台『審判』で初めて主演に抜擢され、ブレイクしました。遅咲きだからこそ、舞台に立てることが、どれだけ幸せかを他の誰よりも知っているんです。だから、少しでも長く舞台に立ちたいと思っていたのでしょう」(前出・知人)
9月上旬には病状が安定したため退院し、自宅で療養を続けていた。次女の久美さん(50才)が語る。
「60kgあった体重が、自宅に戻ってきたときには42kgまで痩せていて…。入院中にドラマ出演の依頼もあって、お医者さんからはとても無理だといわれていたのに、“12月にはロケだ。体力をつけないと”と、かつ丼やステーキを食べたりしていました…」
久美さんによれば、体重が激減していたというから、このとき、すでに食事を受け付けない体になっていたことだろう。それでも、“復帰のために”という思いが、大滝さんの心を突き動かしたに違いない。
※女性セブン2012年10月25日号