【書評】『光圀伝』(冲方丁/角川書店/1995円)
【評者】中澤めぐみ(三省堂書店ルクア大阪店)
突然ですが、水戸光圀といえば? 日本人みんなが持っている光圀観といえば、九割九分、テレビドラマの水戸黄門様のイメージではないでしょうか。悠々と日本各地を巡り、悪を成敗する…。
でも本当の水戸光圀がどんなことを成した人物かと聞かれたら、日本の歴史書『大日本史』を編纂した人、と教科書通りの答えを出すのがやっとだったりするのですが、この『光圀伝』ではなんとも人間らしい光圀に出会えました!
老齢の光圀が“なぜ「あの男」を殺さなければならなかったのか”──誰にも知らされなかったその経緯を語るミステリー仕立てで、物語は構成されています。「あの男」とは誰なのかを気にしながら、気づけば光圀の語りにどっぷりと聞き入ってしまいました。
良識ある優秀な兄がいるにもかかわらず、家督を継ぐ子として育てられた光圀。一体なぜ自分が世継なのか。そしてなぜ自分はここにいるのか。自分の存在意義を見出せず必死でもがき、苦悶と出会いの末にようやく見つけた己の義、生き方を貫こうと、身を尽くした光圀の苛烈なまでの生涯を描く圧倒的な熱量に鳥肌が!
完全無欠のヒーローとしてではなく、確かに存在した、たった一人の生身の人としての生き様に震えました! 己の義を成し遂げることにどれほどの困難を極めたか。それでもどんな困難も不自由も、成し遂げようとあがき、もがき、必死で切り開こうと、あきらめず常に全身全霊で生き、人智を備えた人物と称されるようになる光圀の姿に、体の芯から熱いものがこみあげてきて、たまりませんでした。
だって、泣きたいのに泣けないんだもの…! 光圀が泣くのを許してくれない。こんな光圀を見たら、泣けません…! えぇ、泣けませんとも…! 個人がどれほどのことを成し遂げられるのか。個人がどれほどのものを遺せるのか。また伝えられるのか。これは生きるために己を貫き通すための勇気の書です。
実は光圀は、日本独自の暦を作り上げた渋川春海をサポートする一幕も。この渋川春海の生涯を描いた『天地明察』(角川書店)は夢を実現するための勇気の書。生き方や価値観は違えども、生涯を賭して成し遂げた光圀と春海の物語2冊を合わせて読むと、読み応えともらう勇気は倍々増しです!
※女性セブン2012年10月25日号