外交交渉では相手の狙いを理解した上で、自国の国益を最大化させる術を探らなくてはならない。そのためには過去の論理に固執し、思考停止してはならないと元外交官の佐藤優氏は指摘する。中国との交渉で日本が新たに示すべき覚悟とはどのようなものか。
* * *
尖閣諸島問題をめぐって日中関係が緊張している。朝日新聞社が日中国交正常化40周年を前に行なった世論調査でも、日本の9割、中国の8割が両国関係が悪いと認識していた。
〈調査は、日本では8月8日~9月20日に郵送で、中国では8月10~18日に面接で行った。8月15日には香港の活動家らが尖閣諸島(中国名・釣魚島)に上陸。9月11日には野田政権が同諸島の国有化を閣議決定し、中国で反日デモが拡大した。中国での調査はこの閣議決定の前に終わっている。
今回の調査では、日中関係が「うまくいっていると思う」は日本ではわずか5%で、「そうは思わない」は90%。中国では14%対83%だった。国交正常化30周年の2002年の調査(日本、中国とも面接)で、日本では41%対45%、中国では22%対50%だったことを考えると、両国関係が現在、悪化しているとみる人は圧倒的に多い。〉(9月23日、朝日新聞デジタル)
9月11日に日本政府は、尖閣諸島のうち3島(魚釣島、南小島、北小島)の所有権を民間の地権者から購入する決定を行ない、その後に中国では反日暴動が発生した。現在はこの世論調査結果よりもはるかに両国民の相手に対するイメージは悪化していると思う。
率直に言って、少なくとも今後数十年、日中関係が抜本的に改善することはないだろう。それは、中国で、民族形成(ネーション・ビルディング)が行なわれているからだ。民族形成に際しては、「敵のイメージ」が不可欠になる。民族は数百年の昔から存在したと思われているが、実際は長くても二百数十年の歴史しか持っていない。民族形成と産業化、近代化は同時並行的に行なわれる。チェコ人が形成される時はドイツ、ドイツ人が形成される時はフランスが「敵のイメージ」になった。
中国では、20年くらい前から産業化、近代化が本格化した。それと同時に、中華帝国の漢人とは異なる近代的民族としての中国人が形成されつつある。この過程で日本が「敵のイメージ」に定められてしまった。だから、尖閣問題が一段落しても、靖国問題や南京大虐殺のような歴史問題をめぐる対日批判が、入れ替わり噴き出してくる。
要するに中国の反日は、近代化、産業化と不可分の構造的性格を帯びている。この過程は中国の近代化が完成するまでの今後数十年間続く。その間、中国から日本は「敵のイメージ」にされ続ける。
※SAPIO2012年11月号