今年のノーベル文学賞は逃してしまったが、それでも世界的に評価が高い日本人作家の筆頭であることには違いない村上春樹さん(63才)。初期のころは、比較的コアなファンに支持されていた村上さんだが、1987年の『ノルウェイの森』で新たな地平を切り開いた。
村上さん自身が<100%の恋愛小説です>と語ったこの作品は、発売と同時に売り切れが続出し、上下巻合わせて現在までに累計1000万部という空前のベストセラーとなっている。
それまでの作品ではずっと<僕>だった主人公は、この作品で初めて<ワタナベトオル>という名前をもつ。ワタナベ君が大学に入ったのは、村上さんと同じ1968年4月、学生運動まっさかりの時代だった。直子と緑という対照的な2人の女性の間で、ワタナベが揺れ続ける様を描いた。
1987年はNTTが上場し、財テクブームが起きるなどバブルの全盛期。街にはDCブランドに身を包んだ若者が闊歩し、「マハラジャ」に代表される高級ディスコブームが巻き起こっていた。
当時21才だった小泉今日子がDJを担当する深夜のラジオ番組で「よかったよ~、あなたも読めば~」と語ったのは有名な話。死、狂気、そしてセックスが独特の透明感を持って描かれたこの作品は、若者たちを引きずり込み、一気に口コミで広がった。明治大学教授の齋藤孝さん(51才)が当時を振り返る。
「ぼくは大学時代に『風の歌を聴け』を読んで以来の村上ファンですが、『ノルウェイの森』を読むと、当時の自分を思い出すんです。ぼくは26才で、大学で職を得ようと苦しんでいた頃です。収入が少なくて、当然、女性と遊ぶ機会もなく、バブルとは無縁の生活をしていたのですが、周りは時代的にも恋愛まみれ。皆、男は今と違って肉食系でしたが、主人公には女性のほうから来てくれて、やたらとモテている。随分とラッキーな主人公だなぁと思いながら読んだ記憶があります」
『ほしのこえ』や『秒速5センチメートル』などの作品で国内外から高い評価を得ているアニメーション映画監督の新海誠さん(39才)も語る。
「当時15才前後だったと思いますが、母親が上下2巻のハードカバーの本を持ってまして。それを何気なく手に取って読んだのがいちばん最初でしたね。まだ若くて、その魅力がよくわからず、ただ、性的な描写がたくさんあるから、そこだけをポルノとして読んでいたみたいな感じでした(笑い)」
村上さんが自ら装丁した赤と緑のカバーを持った人が街に溢れた。それはもはや、文化というよりも流行。オシャレなアイテムのひとつとして広まった感もあった。
※女性セブン2012年11月1日号