カロリー制限をしても寿命延長に効果なし――。英科学誌『Nature』でこんな“定説を覆す”研究レポートが掲載されたのは、8月29日のこと。米国国立老化研究所(NIA)の研究チームがアカゲザルに低カロリー食を与える実験をしたところ、高カロリー食をとっていたサルに比べて長生きしなかったというのだ。
もちろん、この発表だけでカロリー制限が生存率に及ぼす影響が明らかになったわけではないが、「粗食」「1日1食」など、厳しい食事制限をすることが長寿の秘訣だと信じ込んできた人たちは面食らったに違いない。
人間総合科学大学人間科学部教授で『介護されたくないなら粗食はやめなさい』(講談社プラスアルファ新書)の著書がある熊谷修氏は、「欠食こそ老化を早める要因」と指摘し、興味深いデータを示してくれた。
「いま日本人の1日あたりの平均摂取カロリーは1800キロカロリー台にまで落ち込んでいます。生活習慣病の恐れがある人たちは医者から肉、魚、乳製品、卵など動物性タンパク質の摂取を控えるように指導され、なんと40歳以上で栄養失調になる率が年々高まっています。でも、よく考えてみると、日本人の平均寿命が22%も伸びた昭和40~55年は、平均摂取カロリーは2200キロカロリーもあったんです」
熊谷氏によると、体内にあるタンパク質や脂質の“貯蔵プール”を枯渇させてしまうと、エネルギー源となる骨や筋肉、内臓を十分につくり出せずに体力が衰え、しまいには寝たきりになってしまう危険性も増すのだとか。これではいくら長生きしても健康とはいえない。
社会問題化しているメタボリック症候群について、「過度な我慢はストレスが溜まるばかりで余計に不健康だ」と説くのは、帯津三敬病院名誉院長で医学博士の帯津良一氏である。
「コレステロールは少し摂りすぎ、血圧も少し高めのほうが長生きするという説はたくさん出ていますし、太っているからとみんな病気扱いされたのではたまりませんよね。毎日、腹囲を気にして2合飲みたいお酒を1合にして、やがて死に直面して狼狽する――。こんな人生は私だって送りたくありません」
健康の大敵とされる酒・タバコといった嗜好習慣についても、無理に断ち切ってしまうとストレスになるのは、経験者なら身に覚えがあるはずだ。
「酒は百薬の長。お酒を少し嗜む人がもっとも長生きで、逆に禁酒した人がいちばん短命だったという疫学調査もあるくらいです。特にシニア層はお酒が社会的交流を促し、食事をおいしく食べて楽しく人と付き合う機会を演出します。量的には1日に缶ビールなら1本、日本酒ならワンカップ1杯、ウイスキーならダブルで1杯程度が望ましいですが、『オレはウイスキーのダブル3杯飲まなければ良い気分になれない』という人は、どんどん飲んでください」(前出・熊谷氏)
「ビール大瓶1本&ウイスキーのダブルロック2杯」が毎日の晩酌コースだという前出の帯津医師は、たとえがん患者でも飲酒やタバコを止めないという。
「大病を経験した人は痛い目にあっているから、自分をセーブする飲酒・喫煙方法をわきまえています。タバコだって1日3本ぐらいを楽しみに吸うなら、それも養生法のひとつ。ある程度節度のある生活をしながら、たまには体に毒でも美味しいものを食べて、お酒を飲んでタバコを吸って……と、羽目を外すのがいちばん健康的で、喜びやトキメキが免疫力や自然治癒力を高める結果につながる場合だってあるのです」(帯津氏)
厚労省は新しい国民健康づくり運動「健康日本21」を提唱し、栄養・食生活、食塩摂取量の減少などいくつもの基準や指針の策定を急いでいる。
日本は平均寿命こそ男性79.5歳、女性86.3歳と伸び、100歳以上の高齢者が5万人を超えたが、寝たきりや認知症など日常生活に差し障りのある期間を減らして長生きする「健康長寿社会」を広く目指そうというのだ。
指針を策定すれば長寿社会は実現するのか――。14年連続で1年間に自殺する人が3万人を超え、会社のなかだけで“うつ”になる“新型うつ”患者も増加傾向にあるという現代。厚生労働省の発表によると、そんなうつ病や自殺による経済への損失額は2兆6782億円で、日本のGDPを1兆7000億円押し下げている(2010年)という。 さまざまなストレスを抱える現代、ストイックなまでに「健康」を意識して欲望を抑え込むと、かえって「長寿」の妨げになるという専門家や医師の意見は、傾聴に値するのではないか。