外交交渉では相手の狙いを理解した上で、自国の国益を最大化させる術を探らなくてはならない。そのためには過去の論理に固執し、思考停止してはならないと元外交官の佐藤優氏は指摘する。中国との交渉で日本が新たに示すべき覚悟とはどのようなものか。
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これからの日本外交に求められているのは、新・帝国主義に対応する思考ができ、勢力均衡外交を展開できる人材だ。真理は具体的だ。抽象的な外交論ではなく、日本の死活的利益と絡む具体的事案に適切な方針を見出すことが出来る知力、洞察力、胆力が必要とされる。
「尖閣諸島が日本固有の領土であることは歴史的にも国際法上も明らかであり、現に我が国はこれを有効に支配しています。したがって、尖閣諸島をめぐって解決しなければならない領有権の問題はそもそも存在しません」(外務省HP)というのが日本政府の公式見解だ。だから外務官僚は「存在しない尖閣諸島をめぐる領土問題について中国と交渉することはない」という姿勢を取っている。
その間に、中国は国際世論の支持を獲得することを目的に、「釣魚島及其附属島嶼(尖閣諸島に対する中国側の呼称)が、歴史的、国際法的に中国領であることは明白なのに、日本によって不法占拠されている。
日本が領土問題は存在しないと主張しても、中国は存在すると考える。釣魚島問題は現実に大きな係争になっているのだから、第三者から見て、客観的に領土問題は存在する。それにもかかわらず、日本は問題の存在自体を否定し、交渉から逃げ回っている」という宣伝活動を展開している。
このような状況を放置しておくと、国際世論は中国に引き寄せられる。尖閣諸島周辺で中国軍と日本の海上自衛隊が交戦すれば日本側が圧勝する。そして武力で問題を解決した日本は国際社会から激しく非難され、結果として国益を毀損することになる。
政権中枢の政治家と外務官僚は、覚悟をもって、尖閣諸島に対する日本の主権を保全する現実的外交政策を構築すべきと筆者は考える。もはや現実を反映しない「尖閣諸島を巡る領土問題は存在しない」という発言を日本政府はやめる。
もちろん、積極的に領土問題の存在を認める必要はない。その上で、「日本は中国に対し、どのような問題に関しても、いかなる条件もつけずに政府間協議に応じる用意がある」と表明する。
それと引き換えに中国政府から「尖閣諸島を巡る係争について、最終的な結論が出るまで、中国人の釣魚島及其附属島嶼への上陸と諸島から12海里以内の水域への入域を差し控える」という了解を取り付ける。この程度の交渉力は現在の日本にあるはずだ。
※SAPIO2012年11月号