中東・北アフリカのイスラム圏で反米デモ、暴動が止まらない。この動きは他の地域に波及する可能性があるとジャーナリストの落合信彦氏は指摘する。以下、落合氏の解説だ。
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まず、反米暴動の背景を読み解く必要がある。
直接の引き金となったのは、イスラム教の預言者ムハンマドを侮辱した映画『イノセンス・オブ・ムスリムズ』だった。映画については当初、イスラエルのユダヤ人が製作・監督を務めたという情報が流れた。イスラム教を侮辱する内容だから、「いかにもイスラエルやユダヤ人がやりそうなこと」と考えるかもしれないが、そう単純ではない。
言葉は悪いが、インテリジェンスの世界は「何でもあり」だ。自国の利益のみが正義であり、道徳的な価値観は関係ない。
例えば、今回のような映画を「中国人が作った」という情報を流し、実際そうであるような痕跡を残せば、イスラム圏では一斉に反中国暴動の連鎖が起きるだろう。パキスタンに触手を伸ばし、イスラム圏にまで影響力拡大を目論む中国の力を削ぎたい国が、そうした工作を行なう可能性は十分にある。
今回のリビア領事館襲撃はアルカイダの一派によるものであることが確定的だ。アメリカでは映画の予告編動画をYouTubeにアップロードしたとされるエジプト系アメリカ人が当局に連行されたが、一連の流れを考えればアメリカへの憎悪を掻き立てたいと考えたイスラム原理主義者によって映画が作られた可能性すら排除できない。リビアで領事館が襲われたのは、あの米同時多発テロと同じ9.11だった。
残念ながらオバマにはそこまで深く考える能力はない。背景を理解しようとせず、表面の事象にあたふたと対症療法を施すだけであった。
オバマは昨年の「アラブの春」の際も何もしなかった。アメリカは批判を怖れて各国の政変に影響力を及ぼすことを放棄したのだ。その結果、春は来ずにイスラム原理主義が台頭する「アラブの嵐」が起こり、これからは冬がやってくる。
それはさらなる混乱の引き金にすらなる。オバマの体たらくに業を煮やしたイスラエルが行動を起こす可能性が高まっているからだ。
イスラエルは地続きでイスラム教国家に囲まれる。国を守る意識の高さはアメリカや日本の比ではない。周囲の国々で原理主義者の力が高まるのをアメリカが見過ごすのであれば、イスラエルにとって国家存亡の危機だ。さしあたって最大の脅威は核開発を進めるイランであり、アメリカの制止を振り切ってイラン攻撃に踏み切る「Xデー」はそう遠くない。
9月下旬、イスラエル首相のネタニヤフは国連総会で訪米するにあたってオバマに首脳会談を求めたが、「スケジュールの調整がつかない」と断わられた。これは「イランを攻撃するなら単独でやれ」というシグナルとして受け止められたことだろう。
実際、イスラエルは単独でイランの核施設を叩くだけの戦力を有す。
空爆にはアメリカの空中給油機が必要と言われるが、イスラエルは既にボーイング機を改造した自前の給油機を用意し、核弾頭付きのミサイルを搭載できる潜水艦を配備する。また地対地のジェリコ・ミサイル2の射程は2000~5000kmある。
加えてイスラエルにはモサドという世界最強のインテリジェンス機関がある。1981年にイスラエルがイラクの原子炉を空爆した際には、諜報員が正確な情報を本国にあげていたため、すべての爆弾がターゲットに命中。イスラエルのF-15とF-16は無傷で帰還した。
危機意識を持って「ケンカ」ができる国家は常に戦争の準備をしているし、インテリジェンス機関はそのために欠かせない。
イスラエル元首相のアリエル・シャロンはかつて私のインタビューに「アメリカは友好国だが同盟国ではない」と語ったことがある。さらに、
「アメリカと同盟国となり一緒に戦えば、それによって制約が生まれて我が軍が敗れるかもしれないからだ」
と言い切った。自国の戦力とインテリジェンスへの自信を示す言葉だった。「有事にはアメリカが守ってくれる」と思考停止する日本とは天と地ほど違う。
※SAPIO2012年11月号