誰もがこよなく愛す国民食のカレー。自民党の安倍晋三総裁が、総裁選投票日に老舗ホテルの3500円のカツカレーを食して物議をかもしたが、街場の安価なカレーショップも、高級レストランに引けを取らない味で固定ファンを増やそうと必死だ。
カレービジネスは飲食店のほか、ルウやレトルト商品、弁当、カレーパン……と多岐に渡り、約1500億円といわれる巨大市場を形成している。その中心的な存在となっているカレーショップの市場規模は、2011年で831億円。今後も緩やかに拡大し、2016年には912億円まで伸びると予測されている(市場調査会社の富士経済調べ)。
しかし、全国津々浦々にチェーン展開を図るカレーショップの勢力図を見てみると、「一強百弱」の実態が浮かび上がってくる。飲食専門誌記者がいう。
「“ココイチ”の愛称で繁盛する『CoCo壱番屋』の国内店舗売り上げは、698億円(2012年5月期)と断トツ。カレー専門店全体の実に8割以上のシェアを握っています。店舗数も1237店で、2番手以下は50店舗にも満たない有り様です」
これほどまでにココイチに人気が集中するのはなぜなのか。カレー総合研究所代表の井上岳久氏の分析を聞こう。
「味の要因よりも経営意欲が他チェーンよりも旺盛なのが大きい。最近もエースコックとのコラボ商品『JANJAN CoCo壱番屋監修 カレー焼きそば』を出したり、山崎製パンと『ふわふわカレーパン 具だくさんカレー』を共同開発したりと、ココイチブランドを至るところで広めて、またカレーを想起させる戦略を取っています」
ブランドを冠したカップ焼きそばやカレーパンを食べて、「そういえば、最近外でカレーを食べてないからココイチに行こう」と相乗効果を狙っているというのだ。
では、肝心の味に変化はあるのか。井上氏は「特徴がないのが特徴」という。
「カレーはつい隠し味を足したり香りに深みを加えたりと“足し算のカレー”にしてしまいがちですが、味の好き嫌いが激しい食べ物なので、特徴をつけ過ぎると敬遠される。そこが難しいところなんです。その点、ココイチは“引き算のカレー”で尖った部分はないけれど、万人に親しみやすい味に仕上げています。言ってみれば、目立たないけれど皆に好かれていて、生徒会長に立候補すれば確実に当選する――そんな優等生的な存在です」
カレーは何回も食べ慣れるとその味から離れられなくなる。いわばココイチのカレーはスタンダードな家庭の味を守り続けたことが成功へと結びついたといえる。
この先、ココイチの牙城を他チェーンが崩すことはできるのか。
「石川県発祥の『ゴーゴーカレー』や『カレーのチャンピオン』など勢いのあるチェーン店は出店を加速させていますが、50店舗を超えられるかがカギとなるでしょう。これまでもサンマルク(パン)や一風堂(ラーメン)など他のジャンルで成功した飲食店は決まってカレー専門店に手を出しましたが、みなチェーン化に失敗して屍の山と化している。それだけ難しい業態なんです」(井上氏)
専門店を作らずとも、近年は牛丼チェーンやファミレスでもカレーメニューは定番化しており、ただでさえカレーを巡る争いは激化している。ならば、カレー専門店はどこで差別化を図ればいいのか。
「例えば、早稲田や飯田橋に出店する『ヤミツキカリー』は、インド、タイ、欧風カレーをミックスさせた創作カレーで人気を集めています。特徴はあるけど食べやすい味。それでいて、野菜も多く食べられるとあって女性からも高評価を得ています。つまり、万人が好む“記憶に残る味”を確立させ、かつ男性ではなく女性客を狙うといった新たなビジネスモデルを築いていかない限り、他チェーンの中に埋没していってしまうでしょう」
長く愛されるカレーをつくる戦いは、果てしなく続く。