日本の存在感が国際社会で薄れている根本的な原因は、日本人が「世界で戦える力」を失ってしまったことである。経営コンサルタントの大前研一氏は、再び世界に雄飛する日本人になるために、領土問題について逆転の発想ともいえる交渉術を提案した。
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竹島が日本領土であることは歴史的に見て間違いないし、韓国が1952年に不当な「李承晩ライン」を勝手に設定して占拠したことは紛れもない事実だ。しかし領土問題は正論をぶつけるだけでは解決しないことも我々は学んでいる。
もし私が交渉官だったら、韓国、中国、ロシアとの領土問題は「真の国益」を考えて逆転の発想をするだろう。
まず竹島は「韓国にあげましょう。その代わり日本に何をくれますか?」と質問する。肩すかしを食わすのである。「あげる」と言われれば韓国側も交渉のテーブルにつかざるを得ない。が、引き換えに渡せるものは何もないはずなので、最低でも現状の不法占拠状態を脱して共同管理、共同利用くらいにはなると思う。
北方領土については、ロシアが中国やノルウェーと国境問題を解決した方法にならう。係争地の面積を二等分する「大ウスリー島方式」をプーチン大統領に持ちかけ、同時に極東ロシア開発に対する投資や経済協力、北方領土に住んでいるロシア人の処遇に関する提案など20くらいのリストを示す。
極東ロシア開発を重視しているプーチン大統領は、すぐ応じるだろう。半分の返還では不十分だという意見はあるだろうが、面積二等分なら国後、歯舞、色丹のすべてと択捉の一部が含まれる。実質的には大部分が返ってくるようなものだ。ギリギリ許容できる妥協点ではないか。
もともと北方領土に不法占拠や固有の領土という議論は成り立たない。第2次世界大戦の終結にあたってスターリンが北海道南北分割論を持ち出したため、トルーマンが北方四島を差し出した、という経緯があるからだ。
尖閣諸島に関しては、実は中国は周恩来、鄧小平以来「棚上げ」にして日本の実効支配を認めているので、日本がアグレッシブなことをしなければ日本の実効支配は失われない。あえてここで国有化を進めるというのは「棚上げ」の密約に反するのだ。
この問題は現状を変えない、争わないことがベストなのである。もし周辺海域で原油などの資源が出たら、費用負担も含めて商業ベースで話し合えばよい。
このような考えには「中国や韓国におもねるのか」という批判が出るだろう。しかし、たとえば中国と今のように主張のぶつけ合いをして、現に国益につながっているのか考えてもらいたい。
本当に愛国心を持って国益を考えるなら「棚上げ」は有効な戦略であり、ドイツのようにノブレス・オブリージュで妥協できるところは妥協することこそ国益を守る道なのだ。
※SAPIO2012年11月号