ベストセラー『がんばらない』の著者で諏訪中央病院名誉院長の鎌田實氏は、チェルノブイリの子供たちへの医療支援などに取り組むとともに、震災後は被災地をサポートする活動を行っている。自殺予防の講演活動にも取り組む氏が、自殺予防のシンポジウムで出会った男性について語る。
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今年、長野県で行なわれた自殺予防のシンポジウムに僕も参加した。その中で、60代の男性、荻野正明さんが自ら自殺念慮があり、自殺に失敗していた過去を赤裸々に告白した。
当事者の言葉はとても重かった。こういう勇気が、今、悩んでいる人に対し、自殺を思いとどまらせる力になっている。彼はある放送局に勤めていたが、転勤と出世が重なり、職場のストレスに負けてうつになった。
「自殺を試みたが、運よく失敗した」。死ななくてよかったと後で感じたという。「それでも私は生きている」
そんな感じなんだと思った。自殺に失敗して「生きていてよかった」という当事者の声がたくさんの人々に届くとよいと思った。
その後数年苦しい時代があったが、立ち直り、最後まで勤めて定年を迎えたという。職場に理解者がいたことと、娘さんがかけてくれた温かい言葉が立ち直りのきっかけになったそうだ。
※週刊ポスト2012年11月9日号