歌手として一線を走り続ける前川清(64才)が、映画『旅の贈りもの 明日へ』(公開中)で初主演を果たした。歌手デビュー44年を迎えた前川が、64才にして映画初主演とは、さぞや思い入れが強かったに違いない。そう思って尋ねると、前川からは意外なことに、こんな答えが返ってきた。
「日本の映画って“作りものでしょ?”って思っちゃうから、ぼくは感情移入できないんです。パトカーひとつにしても、“うそだ~”とか思っちゃってね(笑い)。ドキュメンタリーならいいんだけど。だから映画に興味はなかったですし、出ようと思ったこともありません」(前川・以下同)
ではなぜ、出演を決めたのか? 彼の気持ちを動かしたのは台本だった。
定年を迎えた仁科孝祐(前川)はある日、部屋の片付けの最中に、高校時代に文通していた初恋相手からの絵手紙を見つける。あれから42年。仁科は突然消息を絶った彼女を探すため、福井へ向かう。仁科の旅が、出張美容師の秋山美月(酒井和歌子)、結婚を控えながら別れて暮らす父への思いに悩み、旅に出た香川結花(山田優)と交わったとき、3人の新たな人生が始まる。
「あらすじを読んで感動したのは初めてでした。定年を迎えた主人公が初恋の人を探しに旅に出る。そしてようやくその女性に出会うのですが、完成した映画とは違う展開になっていたんです。ネタバレになるので言えませんが、男の切なさに感動したんです」
ところが、東日本大震災を経て、前田哲監督の「ハッピーに終わりたい」という思いからエンディングは書き換えられることになったのだ。
「そこがよかっただけにだまされたと思いましたね(笑い)」と、おどける前川だが、引き受けたからにはやるしかない。腹をくくって現場にのぞみ、「緊張しながら、現場にも慣れないまま、とにかく一生懸命演じました」と静かに微笑む。
主人公・仁科を演じるのに役づくりは特に必要なかった。
「身近な同級生たちから、ことあるごとにサラリーマン生活の苦労や定年後の家庭内の様子を聞いていましたし、自分も結婚に失敗(元妻は藤圭子)しましたからね。仁科の気持ちがよくわかります。あっ、よく勘違いされるんですが、宇多田ヒカルさんはぼくの娘ではありませんから(笑い)」
演じる上で難しかったのは、細かな表情をつくることだった。コンサートなどでは、2階席、3階席にも伝えるために演技はオーバーなのが当たり前。
「映画もその調子でやっていたら、監督から何度もダメ出しを食らっちゃった。“くさい”“行きすぎだから抑えろ”ってね(笑い)。うなずくシーンでは、スクリーンで自分の顔がアップになるのに、わざわざ大袈裟にうなずいちゃって、それはおかしいとか言われてね。“ちょっと笑ってください”と言われても、ちょっとの程度がわからない。そんなぼくに監督は容赦なく、“笑いすぎです”“笑いかたがいやらしい。山田優さんを口説こうとしていますね”なんて、もう、散々言われました」
※女性セブン2012年11月15日号