10月19日に中国海軍は東シナ海で漁業監視船や海洋監視船などとともに合同演習を実施。いつ尖閣を奪いにきても不思議ではない状況になりつつある。元航空幕僚長・田母神俊雄氏が中国の侵略のシナリオをシミュレートする。
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中国が力ずくで尖閣諸島を取りにくる場合、どのような事態が想定されるのか。結論から言うと、正規軍がいきなり正面から攻撃を仕掛けてくる可能性はかなり低いと思っている。中国にとって自衛隊との真っ向勝負はリスクが大きすぎる。さらに先に武力行使すれば、国際的な批判を浴びるのは避けられないからだ。
そこで可能性として考えられるのが、魚釣島に漁民を装った人民解放軍兵士や民兵、警察官などを不法上陸させ、“漁民”の保護や救出を大義名分に正規軍が出動、そのまま占領して実効支配を進めるというシナリオである。実際にフィリピンやベトナムとの領有権紛争では、こうした狡猾なやり方で相手国から領土を掠め取ってきた。
また最近では尖閣周辺に無人機を飛ばし魚釣島などに不時着させて、その修理、本国送還準備のために中国軍を上陸させるということも考えているようだ。これらに対し日本は対処できるのか。
尖閣諸島の周辺海域をパトロールするのは、海上保安庁第11管区海上保安本部石垣海上保安部所属の「よなくに」「はてるま」など1000t級の巡視船である。ここにきて他の管区の巡視船を招集して警備を強化しているが、数十隻規模の偽装漁民の船団が来襲すれば、事前に分かっていたとしても多勢に無勢、完全にお手上げである。
接近して行く手を阻もうとすれば、彼らは体当たりするなど乱暴狼藉を働き、抵抗するに違いない。一昨年の尖閣沖の漁船衝突事件以来、日本の巡視船を見くびっているのだ。ここからどんな事態が展開されるのか、シミュレーションしてみよう。
偽装漁民は警告を無視して尖閣最大の島である魚釣島の西端の船着場跡付近に接岸、100人ほどが上陸したと仮定しよう。水や食料、野営用具のほかに武器や弾薬らしきものをなれた手つきで陸揚げしていく。
島に運び込んだのは、船底に隠していた自動小銃や機関銃、肩撃式の対空ミサイルなど。陸揚げが終わると灯台周辺で五星紅旗を掲げ、「釣魚島は中国のものだ。小日本を追い出したぞ!」と叫ぶ。
一方、いったん引き揚げた海保は翌朝、上陸した偽装漁民を出入国管理法違反(不法入国)で拘束するため、応援の沖縄県警の警察官を巡視船に乗せ、さらに新たに呼び寄せた巡視船を引き連れて、再び魚釣島に急行する。
ところが事態は前日より緊迫していた。偽装漁民は「寄らば撃つぞ」と言わんばかりに自動小銃や機関銃の銃口を巡視船に向けたのだ。こうした事態を想定して、今年9月、海上保安庁法が改正され、海上保安官に海上だけでなく離島上でも銃器使用が認められ、逮捕権が与えられた。しかし、施行されてから日が浅いこともあり、実際に運用された例はない。いまだ訓練不十分な海上保安官にとって初めての経験となれば、どのように行動すればいいのか分からない。
しばし睨み合いが続いた後、1発の銃声が鳴り響く。偽装漁民の一人が発砲したのである。これに対して海保は警察官職務執行法に基づき、上空に向けて威嚇射撃を行なう。偽装漁民は自動小銃で応戦。たちまち撃ち合いになり、双方に負傷者が出た。
すると中国政府はこうした事態を待っていたかのように、「我が国固有の領土である釣魚島で漁民が侵略してきた日本から攻撃された」との声明を発表し、日本を激しく非難して謝罪を要求。日本側は「最初に撃ったのは漁民側だ」と反論するが、もちろん中国側は一切認めない。
さらに「危険にさらされている自国の漁民を保護する」として、農業省に所属する「漁政301」「漁政311」などの漁業監視船(漁監)5隻を尖閣に向かわせた。「301」は2500t級で海保の巡視船の約2倍の大きさがあり、ヘリコプターが搭載できるなど、海軍顔負けの最新鋭艦だ。また「311」は中国海軍の南海艦隊に所属していた潜水艦救助艦を転用したものだ。
※SAPIO2012年12月号