震災復興の道のりは長く険しい。特に津波で深刻なダメージを受けた漁業の再興は難題で、これまでになかった大胆な施策が必要だ。その障害となるのが、「漁業権」という既得権、それに根ざす世界でもまれな規制制度だ。その正体に政策工房社長の原英史氏が迫った。
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東日本大震災は東北地方の水産業に甚大な被害をもたらした。例えば宮城県のカキは、震災前は例年4000~4500トンの生産量だったが、昨季はわずか320トン。10月から出荷が始まった今季も、多少回復したとはいえ930トン程度の見込み。
復興への道のりはまだまだ遠い。シーシェパード対策など、被災地以外で復興予算が流用された問題がマスコミ・国会で取り上げられているが、被災地からすればとんでもない話だ。
そうした中、宮城県の村井嘉浩知事が「水産業復興特区」を提唱・推進している。この構想は、養殖業など沿岸漁業に民間企業を参入させ、民間の技術力や経営力を活かして水産業を復興させようというもの。昨年5月に政府の復興構想会議で知事が提案し、それを受けて国で「東日本大震災復興特別区域法」(復興特区法)を成立させて制度を用意した。
宮城県庁は年内にも特区申請を目指す方針だが、これに宮城県漁業協同組合が強く反発。県内では特区を巡る混乱が続いている。
特区騒動の背景にあるのは「漁業法」という法律。特にその中で定められる「漁業権」という制度だ。
漁業権とは、沿岸部の一定海域で独占的に漁業を営む権利のことで、「共同漁業権」「区画漁業権」(養殖を行なう権利)などの種別がある。漁業法上、漁業権の設定にあたっては都道府県知事の免許を受けなければならない(10条)。
さらに免許を与える優先順位に定めがあり、例えば、カキ、ワカメ、ノリなどの養殖業の場合(法令上は「特定区画漁業権」と呼ばれる)、以下の順番が法定されている。
■第一順位:漁業協同組合
■第二順位:地元漁民の7割以上を構成員とする会社(漁民会社)または漁業生産組合
■第三順位:一般の個人、法人
ここで言う第一順位を与えられる「漁協」とは漁業法では〈その組合員のうち地元地区内に住所を有し当該漁業を営む者の属する世帯の数が、地元地区内に住所を有し当該漁業を営む者の属する世帯の数の三分の二以上であるもの〉(14条2項一号)などの条件を満たすものとされている。要は昔から地元に住んでいる漁業者の“公式団体”に優先権があるということだ。
第二順位以下の者に回ってくるのは、あくまで漁協が申請しない場合だけ(18条)。そして、免許を受けた漁協が漁業権行使規則を定めて、組合員たる漁民に利用させる仕組みになっている。
こうした一連の規定は、平たく言い換えれば「漁場は地元の漁民のもので、よそものの企業などには原則手を触れさせない」ということだ。一般の産業分野の許認可制度では、例えばタクシーの免許などの場合でも法律でここまではっきりと「地元で既に権利を持っている人優先」と定めている例はあまりない。
漁業法の特異性を、水産庁で水産行政に長く携わった小松正之・政策研究大学院大学客員教授はこう解説する。
「漁業権の淵源は、江戸時代の『磯は地付き、沖は入会』という掟。磯の水産物は集落の漁師で独占利用するという昔からの制度を明治漁業法で法制化し、戦後の漁業法でも受け継ぎました。その受け皿として、漁協という制度を作ったのです」
明治以来の日本の法令は欧米諸国の制度を真似て作ったものが多いが、この漁業権に限っては日本独特。欧米諸国には「漁業権」にあたる制度は存在しないという。
今回の特区騒動は、こうした中で生じたものだ。「養殖業の漁業権(特定区画漁業権)は漁協に」と定められている中、村井知事の唱えるように漁協を差し置いて民間会社に漁業権を与えようとしても、漁協が漁業権の申請をすれば法律上認められない。そこで「特区」制度を設け、区域限定で法で定められた順位の特例(第一順位と第二順位を同列扱いとする)を認めよう、という話になったわけだ。
※SAPIO2012年12月号