“アジアの巨象”インドはいまや中国に次ぐ経済発展国だ。成長著しい12億人の巨大市場もさることながら、世界の注目を浴びるのが1台20万円の自動車「タタ・ナノ」、3000円のタブレット端末「アカーシュ」を生んだインドの技術力や発想力だろう。
実は、その源泉にあるのは、インド独自の成功哲学「ジュガール」だった。
ジュガールとはヒンズー語で、工面、やりくり、手配、手立ての意味を表わす。ありあわせの材料と道具でモノを完成させるインド人の国民性を示す言葉だが、近年、各国の経済学者らの間で研究対象になっている。
アメリカではジュガール思考に関する書籍が次々と発売。そこに日産自動車のカルロス・ゴーンCEOが推薦文を寄せるなど経営者らの関心が高い。
このたびジュガールの思考法を紐とく『大富豪インド人のビリオネア思考』(フォレスト出版)を上梓したインド人の経営コンサルタント、サチン・チョードリー氏が語る。
「ジュガールは広範に及ぶため、一言で表わすのは難しい。あえて訳すとすれば、いろいろなアイデアをベースに最短で解決策にたどりつこうとする思考や行動、手法、方法のことです。
インドの人々にこうした考え方が養われた背景には社会事情が深く関わっています。貧富の差が激しいインドでは政府のインフラサービスが満足でない地区が多い。それでも貧困地区の人々は、創意工夫で都市部と大差ない生活を営んでいる。そこにジュガールの知恵が隠されています」(以下、「」内はチョードリー氏)
例えばインド農村部の家庭では電気のいらない冷蔵庫「ミティクール」が普及している。主な原料は国内の泥だ。これは貧困層出身の陶器職人による発明品だった。
「きっかけは職人が5種類の粘土を混ぜて陶器を作ってみたことでした。そこに水をかけると気化熱で8度も冷えた。そこで、これを冷蔵庫にすれば多くの国民の生活が向上すると思い立ったんでしょう。今ではアフリカをはじめ世界中に輸出されるヒット商品になりました」
ジュガールでは欠乏こそがチャンスを生むとされる。
1995年にインドで設立されたセルコ社は、独自のソーラー照明システムを開発し、10万軒以上の地方の顧客に明かりを提供している。
サービス開始当初は、山間部の僻地などでは電力インフラがなく、明かりのない生活が普通だった。
「この照明はソーラーなので、政府の送電網のない地域でも発電できる。アフターケアがしっかりしているので地方でも修理可能です。そして画期的なことは、基本料金は一切かからず、利用した分だけ課金されるという点です。政府送電網は常時使用できる代わりに無駄が多い。セルコ社の照明は低コストなので、地方の顧客に喜ばれました」
利用できるものは何でも利用し、さらに無駄を排除して倹約に励む。インドの農村部に明かりが灯った背景にジュガールがあった。
※週刊ポスト2012年11月23日号