野田佳彦首相が衆院を解散した。メディアは直前まで年内解散か年またぎ選挙か、はたまた年明け解散かと予想シナリオを3つに絞って盛んに報じていたが、蓋を開けてみれば11月16日解散、12月16日総選挙だった。年内解散を予想したジャーナリストの長谷川幸洋氏が、なぜ的中できたのかを解説する。
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私は先週のコラムで「野田はずばり年内解散に傾いたとみる」と書いた。都知事選とのダブル選を初めて予想したのは10月26日にネットで公開した「現代ビジネス」コラムである。
なぜ的中したか。べつに自慢するためではなく、理由を書いておこう。読者が新聞の政治記事を読むときの参考になると思うからだ。
私はだれかに「年内解散になる」と教えてもらったわけではない。公開情報を丹念に追って、多少の裏付け取材をしただけだ。基本は最高権力者すなわち内閣総理大臣が何を目標にしているか、を見定めることにある。
野田の思惑は「選挙に負けた後、政治的に生き延びるためにどうするか」に尽きる。野党に転落しても存在感を残すには、政策で次の政権(と財務省)に相手にされなければならない。
その際の命綱は自民、公明両党とまとめた「社会保障と税の3党合意」だった。3党合意を基礎にした消費税引き上げ法案の成立は勲章である。これをフイにするような真似だけはしたくない。ところが自民党は野田が解散を先送りするようなら、3党合意を破棄する姿勢だった。先週も書いたが、ここが駆け引きのポイントである。
自民党の安倍晋三総裁はもともと3党合意に懐疑的だった。それはテレビや新聞の発言をきちんと追っていれば分かる。そんな安倍にとって、野田が「近いうち解散」の約束を守らなければ、3党合意を守る理由はない。このあたりの事情を私のコラムが出た後で書いたのは朝日新聞だ。
「首相官邸には自民党が3党合意撤回への動きを模索しているという情報も届く。(中略)自民党が政権に返り咲けば3党合意の枠組みをほごにして維新との連携を優先する懸念が出てきた」(11月13日付朝刊)
ただし、この指摘はドンピシャリでもない。安倍自民党が連携を模索しているのは日本維新の会だけなのか。みんなの党もある。これも安倍がデフレ脱却を最優先課題に据えて日銀法改正を唱えているのを思い出せば「政策的に近い」と気づくだろう。
メディアは輿石東幹事長ら党内の解散反対論にも引きずられた。「党内に反対の大合唱が起きている。だから年内解散はハードルが高い」という話である。ところが、これは考える前提がそもそも間違っている。
いくら反対論があろうと、解散権は首相にしかない。ほかの政策課題ならいざ知らず、こと解散については首相以外の判断はほとんど関係がないのだ。反対論の根拠は「議員バッジを失う」からだが、野田にとっては、解散しなければ増税法案を通した総理の勲章を汚されかねなかった。
年末年始は目先の政治以上に大事なイベントという常識で考えれば、年またぎ選挙が難しいのも分かる。メディアは永田町の「だれとだれが手を握るか」というような「好きだ嫌いだ話」が大好きだが、それだけでは政治の流れは分からない。
権力者は何を達成し、どう生き延びるかを重視する。それに公開情報と政策の流れ、国民の常識を踏まえて考えれば、落ち着く先は見えてくる。政局が意外な展開に見えるのは、メディアの報道が深層に迫っていないからでもある。
(文中敬称略)
※週刊ポスト2012年11月30日号