長く日本経済の牽引者であった家電業界が中国韓国の追い上げにもあって、沈んでいる。どうしてこうなったのか。「ソーシャルもうええねん」(Nanaブックス)の著者で、元大手家電メーカーのプログラマーだった村上福之氏にインタビューした。(取材・構成=フリーライター・神田憲行)
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村上:家電業界の落ち込みは「キーワード主義」と「行き過ぎたコンプライアンス主義」の問題が挙げられると考えています。
――「キーワード主義」ってなんでしょうか。
村上:経営トップから「今年は○○を中心に製品を考えろ」って、ある日突然指令が降りてくるんですよ。それでその「○○」というキーワードを盛り込んだ製品を作っていくんですが、結果的にクビをひねるようなものが出てくる。たとえばこの間「プラズマクラスター付きコピー機」って出たんですけれど、これは誰が使うねんと、業界の友達の間で話題になりました(笑)。
スマートフォンと連携した洗濯機も出ました。細かい洗い方の指示がスマホでできるんですけれど、30万円以上するんですよ。それやったらクリーニングに頼んだ方がエエやろと(笑)。何回白洋舎に出せるねんと(笑)「プラズマクラスター」「スマートフォン」と売れ筋のキーワードに既存商品をくっつけだけで、技術的には凄いんですけれど、消費者のニーズは置き去りになっている感じがします。
――昔からそういうのはあるんですか。
村上:僕が家電メーカーにいたころは「SDカード」がキーワードになったことがありました。最初はデジカメで「それはそうやろ」、次にテレビ、プロジェクターで「使うんかなあ」と首をかしげながらSDカードが使えるようにしていって、最後に「カラオケも」と言われたときは「それ誰が使うのん」と現場で爆笑しました(笑)
――「おかしい」と思いながら、なんでそんな製品ができてしまうんですかね。
村上:一応上の言いつけを守ったことで、開発者の実績にはなります。「デジタル家電」とか「ネットワーク家電」とか言い出してから、そういう傾向に拍車がかかったような印象があります。
――「行き過ぎたコンプライアンス」とは、どういうことでしょうか。
村上:たとえば家電メーカーで夕方に会議をして新製品の仕様が決まるとします。そこから具体的に工程をみんなで詰めていこうかとなったときに、部署によっては夜7時、8時からの会議なんて頻繁に毎日毎日行うとコンプライアンス上とんでもないって、できなくなる。大手企業は労働時間の制限が厳しく、法定労働時間は基本的に一日8時間です。それで「ほな翌日にしようか」と言ってたら、今度はリーダー研修で出られませんとか、資産調査委員会、安全向上委員会など本業以外の仕事をたくさんやらされて、ちっとも話が前に進まないんです。会議ができても、各部署に判子もらいにまわるスタンプラリーが待っている。特にここ10年はコンプライアンスやセキュリティが非常に厳しくなって来ましたね。
――最近のことなんですね。
村上 僕が新入社員だったころは、ゴールデンウィークに勝手に休日出勤して、試作品のプリンターを倉庫から持ち出してそのプリンタードライバをしこしこと会社で書いたりしてました。いまそんなことしたら殺されるでしょう(笑)。これがいまの中国だと、夕方にメールで打ち合わせしたら、翌朝にプロトタイプができています。こいつらはいつ寝ているのかと小一時間問い詰めたくなります。「お前ら、労務管理みたいな概念なくてエエな」と思います。
日本の開発者は開発に掛けられる時間が圧倒的に少ないんです。ブラック企業の存在もありますから、労働時間遵守、コンプライアンス遵守が大事なのはわかるんです。むしろ、日本は労働基準を守ってコンプライアンス遵守しない会社は社会的にアウトですし、社員も顧客も残らないので、今の日本でコンプライアンスを守らない会社は生き残れないです。しかし、コンプライアンスを守ることそのものが仕事になっていて、社会に奉仕する、良い製品を出して世の中に貢献するという視点が持てなくなりつつある一面もあります。
――そこです。村上さんの著書「ソーシャルもうええねん」を拝読していて、社会に貢献するという言葉が何度か出てきて、実際にタイの洪水などではネットで募金活動までされている。IT関係の起業家から「社会に奉仕する」という言葉が出てきたのは、失礼ながら意外な感じがしたんです。
村上:社会に奉仕すると考えたら、生き方が楽になったんですよ。
――というと?
村上:僕も起業したばかりのころはカネカネで動いたんです。そうしたら利益は上がるんですが、友達とか助けてくれる人が減っていったんです。逆に近寄ってくるのか「三木谷はな、ワシが育てたんや」「サイバーエージェントがアカンあかったとき、助けたんわワシやで」「ワシ、スティーブ・ジョブスと親友や」みたいな変なオッサンばっかりになって(笑)。嘘つけ、ジョブスがそんな関西弁べらべらのオッサンと親友にならへんやろ(笑)。そんなこんなで、売上とカネのことばかり考えていると口から出てくる言葉もどす黒くなって、友達から「飲んでてもつまらん」と言われました。それで、反省したわけです。
――それで変わったんですか。
村上:そうやって悩んでいたときに、母方の実家が何代も続いている材木屋をやっているんですが、そこの人と話をしたんです。その人から「商売は正直にしなさい。そして儲かったら世の中の役にたつことしなさい」とアドバイスされて、ネットで募金活動をやり始めたら、意外なくらい大勢の協力者が現れたんですよ。仕事でも助けてくれる人が出てきて、やりやすくなりました。
カネのことばかり考えていたときは他人には言えない隠し事も正直あったんですが、それもなくなる。「よっしゃ、世の中のために頑張ろう」と考えると仕事も真っ直ぐになって、隠し事もなくなり、友達も増えて生きやすくなるんです。古くさい言葉かもしれませんけれど、今の時代の生き方として、倫理的にも経済的にも有効な考え方だと思っています。