国内

日本の家電業界の沈没は「行き過ぎた法令遵守のせい」と元社員

 長く日本経済の牽引者であった家電業界が中国韓国の追い上げにもあって、沈んでいる。どうしてこうなったのか。「ソーシャルもうええねん」(Nanaブックス)の著者で、元大手家電メーカーのプログラマーだった村上福之氏にインタビューした。(取材・構成=フリーライター・神田憲行)

 * * *
村上:家電業界の落ち込みは「キーワード主義」と「行き過ぎたコンプライアンス主義」の問題が挙げられると考えています。

――「キーワード主義」ってなんでしょうか。

村上:経営トップから「今年は○○を中心に製品を考えろ」って、ある日突然指令が降りてくるんですよ。それでその「○○」というキーワードを盛り込んだ製品を作っていくんですが、結果的にクビをひねるようなものが出てくる。たとえばこの間「プラズマクラスター付きコピー機」って出たんですけれど、これは誰が使うねんと、業界の友達の間で話題になりました(笑)。

 スマートフォンと連携した洗濯機も出ました。細かい洗い方の指示がスマホでできるんですけれど、30万円以上するんですよ。それやったらクリーニングに頼んだ方がエエやろと(笑)。何回白洋舎に出せるねんと(笑)「プラズマクラスター」「スマートフォン」と売れ筋のキーワードに既存商品をくっつけだけで、技術的には凄いんですけれど、消費者のニーズは置き去りになっている感じがします。

――昔からそういうのはあるんですか。

村上:僕が家電メーカーにいたころは「SDカード」がキーワードになったことがありました。最初はデジカメで「それはそうやろ」、次にテレビ、プロジェクターで「使うんかなあ」と首をかしげながらSDカードが使えるようにしていって、最後に「カラオケも」と言われたときは「それ誰が使うのん」と現場で爆笑しました(笑)

――「おかしい」と思いながら、なんでそんな製品ができてしまうんですかね。

村上:一応上の言いつけを守ったことで、開発者の実績にはなります。「デジタル家電」とか「ネットワーク家電」とか言い出してから、そういう傾向に拍車がかかったような印象があります。

――「行き過ぎたコンプライアンス」とは、どういうことでしょうか。

村上:たとえば家電メーカーで夕方に会議をして新製品の仕様が決まるとします。そこから具体的に工程をみんなで詰めていこうかとなったときに、部署によっては夜7時、8時からの会議なんて頻繁に毎日毎日行うとコンプライアンス上とんでもないって、できなくなる。大手企業は労働時間の制限が厳しく、法定労働時間は基本的に一日8時間です。それで「ほな翌日にしようか」と言ってたら、今度はリーダー研修で出られませんとか、資産調査委員会、安全向上委員会など本業以外の仕事をたくさんやらされて、ちっとも話が前に進まないんです。会議ができても、各部署に判子もらいにまわるスタンプラリーが待っている。特にここ10年はコンプライアンスやセキュリティが非常に厳しくなって来ましたね。

――最近のことなんですね。

村上 僕が新入社員だったころは、ゴールデンウィークに勝手に休日出勤して、試作品のプリンターを倉庫から持ち出してそのプリンタードライバをしこしこと会社で書いたりしてました。いまそんなことしたら殺されるでしょう(笑)。これがいまの中国だと、夕方にメールで打ち合わせしたら、翌朝にプロトタイプができています。こいつらはいつ寝ているのかと小一時間問い詰めたくなります。「お前ら、労務管理みたいな概念なくてエエな」と思います。

 日本の開発者は開発に掛けられる時間が圧倒的に少ないんです。ブラック企業の存在もありますから、労働時間遵守、コンプライアンス遵守が大事なのはわかるんです。むしろ、日本は労働基準を守ってコンプライアンス遵守しない会社は社会的にアウトですし、社員も顧客も残らないので、今の日本でコンプライアンスを守らない会社は生き残れないです。しかし、コンプライアンスを守ることそのものが仕事になっていて、社会に奉仕する、良い製品を出して世の中に貢献するという視点が持てなくなりつつある一面もあります。

――そこです。村上さんの著書「ソーシャルもうええねん」を拝読していて、社会に貢献するという言葉が何度か出てきて、実際にタイの洪水などではネットで募金活動までされている。IT関係の起業家から「社会に奉仕する」という言葉が出てきたのは、失礼ながら意外な感じがしたんです。

村上:社会に奉仕すると考えたら、生き方が楽になったんですよ。

――というと?

村上:僕も起業したばかりのころはカネカネで動いたんです。そうしたら利益は上がるんですが、友達とか助けてくれる人が減っていったんです。逆に近寄ってくるのか「三木谷はな、ワシが育てたんや」「サイバーエージェントがアカンあかったとき、助けたんわワシやで」「ワシ、スティーブ・ジョブスと親友や」みたいな変なオッサンばっかりになって(笑)。嘘つけ、ジョブスがそんな関西弁べらべらのオッサンと親友にならへんやろ(笑)。そんなこんなで、売上とカネのことばかり考えていると口から出てくる言葉もどす黒くなって、友達から「飲んでてもつまらん」と言われました。それで、反省したわけです。

――それで変わったんですか。

村上:そうやって悩んでいたときに、母方の実家が何代も続いている材木屋をやっているんですが、そこの人と話をしたんです。その人から「商売は正直にしなさい。そして儲かったら世の中の役にたつことしなさい」とアドバイスされて、ネットで募金活動をやり始めたら、意外なくらい大勢の協力者が現れたんですよ。仕事でも助けてくれる人が出てきて、やりやすくなりました。

 カネのことばかり考えていたときは他人には言えない隠し事も正直あったんですが、それもなくなる。「よっしゃ、世の中のために頑張ろう」と考えると仕事も真っ直ぐになって、隠し事もなくなり、友達も増えて生きやすくなるんです。古くさい言葉かもしれませんけれど、今の時代の生き方として、倫理的にも経済的にも有効な考え方だと思っています。


関連キーワード

関連記事

トピックス

2024年末に第一子妊娠を発表した真美子さんと大谷
《大谷翔平の遠征中に…》目撃された真美子さん「ゆったり服」「愛犬とポルシェでお出かけ」近況 有力視される産院の「超豪華サービス」
NEWSポストセブン
新政治団体「12平和党」設立。2月12日、記者会見するデヴィ夫人ら(時事通信フォト)
《デヴィ夫人が禁止を訴える犬食》保護団体代表がかつて遭遇した驚くべき体験 譲渡会に現れ犬を2頭欲しいと言った男に激怒「幸せになるんだよと送り出したのに冗談じゃない」
NEWSポストセブン
警視庁が押収した車両=9日、東京都江東区(時事通信フォト)
《”アルヴェル”が人気》盗難車のナンバープレート付け替えで整備会社の社長逮捕 違法な「ニコイチ」高級改造車を買い求める人たちの事情
NEWSポストセブン
地元の知人にもたびたび“金銭面の余裕ぶり”をみせていたという中居正広(52)
「もう人目につく仕事は無理じゃないか」中居正広氏の実兄が明かした「性暴力認定」後の生き方「これもある意味、タイミングだったんじゃないかな」
NEWSポストセブン
『傷だらけの天使』出演当時を振り返る水谷豊
【放送から50年】水谷豊が語る『傷だらけの天使』 リーゼントにこだわった理由と独特の口調「アニキ~」の原点
週刊ポスト
英国の大学に通う中国人の留学生が性的暴行の罪で有罪に
《英国史上最悪のレイプ犯の衝撃》中国人留学生容疑者の素顔と卑劣な犯行手口「アプリで自室に呼び危険な薬を酒に混ぜ…」「“性犯罪 の記念品”を所持」 
NEWSポストセブン
フジテレビの第三者委員会からヒアリングの打診があった石橋貴明
《離婚後も“石橋姓”名乗る鈴木保奈美の沈黙》セクハラ騒動の石橋貴明と“スープも冷めない距離”で生活する元夫婦の関係「何とかなるさっていう人でいたい」
NEWSポストセブン
原監督も心配する中居正広(写真は2021年)
「落ち着くことはないでしょ」中居正広氏の実兄が現在の心境を吐露「全く連絡取っていない」「そっとしておくのも優しさ」
NEWSポストセブン
指定暴力団六代目山口組の司忍組長(時事通信フォト)
〈山口組分裂抗争終結〉「体調が悪かろうが這ってでも来い」直参組長への“異例の招集状” 司忍組長を悩ます「七代目体制」
NEWSポストセブン
休養を発表した中居正広
【独自】「ありえないよ…」中居正広氏の実兄が激白した“性暴力認定”への思い「母親が電話しても連絡が返ってこない」
NEWSポストセブン
筑波大学の入学式に出席された悠仁さま(時事通信フォト)
「うなぎパイ渡せた!」悠仁さまに筑波大の学生らが“地元銘菓を渡すブーム”…実際に手渡された食品はどうなる
NEWSポストセブン
女優の広末涼子容疑者が傷害容疑で現行犯逮捕された(左/時事通信フォト)
広末涼子の父親「話すことはありません…」 ふるさと・高知の地元住民からも落胆の声「朝ドラ『あんぱん』に水を差された」
NEWSポストセブン