ネットの風評で医師募集に苦しんでいる村がある。秋田県上小阿仁(かみこあに)村だ。どのような「風評被害」が起きているのか。ネット上で“あの村”と語られる同地の現状をリポートする。(取材・文=フリーライター・神田憲行)
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上小阿仁村は秋田県中央部に位置し、人口約2700人、高齢化率45%、村民の年間平均所得は143万3000円という小さな村である。
2008年から4人の医師が次々と短期間で辞職し、「村民がいじめている」とネットでは面白おかしくネタにして流言飛語が飛び交っている。中傷メールが送られていることもあり、「最近は減って5、6通」(村総務課)というから、かなりの数が来ていたようだ。「電話でいきなり罵倒してきて、お名前を伺うとガチャンと切る人もいます」(同)。ネットの「風評被害」は、現実の医師の募集にも障害を来しているという。中田吉穂・上小阿仁村村長に聞いた。
──ネットでの村についての記述が医師の募集に影響はありますか。
中田:(大きくため息をついて)あーあ、ありますね。先生をさがして病院にいっても「上小阿仁村は大変ですね」と、まずそこからスタートですもん……。あんなことばかり書かれたら、わざわざ「私が助けてあげましょう」と名乗りを上げてくれる先生なんかいないですよ。ああいうネットの無責任な書き込みが、こういう無医村の医師募集の障害になっていることをわかってほしい。ネットの中傷とか変なメールとか、それが最先端の情報社会でやることなのかよ。
──医師の募集は村のHP以外でどのような方法をとられていますか。
中田:なかなかないなー(ため息)。あと医療機関の専門誌にも求人を出しています。医大からの紹介というのも、今は来てもらえないよ。若いお医者さんはやはり再生医療を目指して都市部の病院にいくから。
──秋田県との連携は?
中田:あまり県さ行ってないのよ。秋田県全体で医師不足なんで、派遣してくださいといっても簡単にはできない。都会にはお医者さんはいっぱいいるだろうけれど、こういう田舎だし、インターネットで嘘書かれたことが障害ですよ。ネットが村の年寄りをいじめているようなものだよ。
前村長の小林宏晨氏は、ネットの中傷書き込みを真に受けて、辞めた医師の出身大学のOB会から「質問状」の手紙を受け取ったこともある。
「『返答の内容によっては公開する』とわざわざ書いてありましたよ。丁寧に返事したらなんの反応もありませんでしたが。どうしてあんな書き込みを医師の団体が信用して、全く関係がないOB会がわざわざ手紙を寄越すのか、理解に苦しみますね」
──新しい医師の募集で待遇面の見直しはされましたか。
中田:特養老人ホームの非常勤医師の兼任は止めました。やはりあれがあると夜中に急変した入所者に呼び出されたり、大変な緊張感を強いられることになります。年収の上限は2000万円、2階建てバリアフリーの車庫付き一軒家を家賃月5000円で提供しています。待つ身だけでは辛いので、村で奨学金を積み立てて自前のお医者さんを育てるようなことも考えているけれど、それも10年かかるしなあ……いまはいろんなところにお願いして、週のうち2日3日でも派遣で来てもらうことをお願いするしかないですよ。
医師の年収は村長の給料よりもちろん高く、村民の平均所得が150万円足らずというこの村では破格の待遇だ。19日から常勤医がいなくなった同診療所では、秋田市内の病院を引退した医師に週1回来てもらい、市内病院むけに行く巡回バスを走らせることで対応している。しかし「街の病院行くと、薬貰うだけで1日仕事になる」(村民)と評判が悪い。村には約270人の独居老人がいて、中田村長のところに「まだ先生は見つからないですか」と、電話を掛けてくるお婆さんもいる。
匿名の中傷の嵐に、小さな村が翻弄されている。