【書評】『ソロモンの偽証』(宮部みゆき/新潮社/全3巻 各1890円)
【評者】末國善己(文芸評論家)
宮部みゆきにとっては5年ぶりの現代ミステリーとなる『ソロモンの偽証』が完結した。全3巻、各巻が700ページを超える大作ながら、圧倒的なドライブ感があるので、読み始めたらページをめくる手が止まらないだろう。
1990年のクリスマスの朝。前夜に降った雪が残る中学校の裏庭で、野田健一が同じクラスの柏木卓也の遺体を発見した。学校一の不良・大出俊次のグループとトラブルを起こし、不登校を続けていた柏木の死は、親も学校も自殺と判断する。
ところが、大出たちが柏木を屋上から突き落とすのを見たという“告発状”が届き、それをマスコミが取り上げたことで大混乱が起きる。事態を収拾できない大人に絶望した女子生徒の藤野涼子は、中学生だけで裁判を行い、真相を明らかにしようと動き出す。他校の生徒ながら柏木の友人だった神原和彦が大出の弁護人に立候補したことで、学校内裁判は思わぬ経過をたどっていく──。
本書は、中学生が転落死し、現場に同級生がいたとの噂が流れる展開が、大津のいじめ自殺に似ていることでも話題になった。だが特定の事件との共通性よりも、弱者の痛みが想像できない、バレなければ何をやってもいいという身勝手さ、言い換えれば“無意識の悪意”が広まっている現代日本の病理をあぶり出した点こそ評価すべきである。
著者が、日本中が好景気に躍ったバブル全盛期を物語の舞台に選んだのも、このころから日本人のモラルや価値観が変わったとの想いがあったからではないだろうか。
社会にはびこる悪が暴かれていくので読むのがつらくなるかもしれないが、次第に、学校内裁判を始めた中学生たちの目的が、悪を断罪するのではなく、今回の事件で傷ついた仲間をどのように救うのかにあることもわかっていくので、読後感は悪くない。
特に野田をはじめ、優等生でも不良でも、成績が良くも悪くもない普通の生徒たちが、裁判を手伝うことで輝いていくところは青春小説としても秀逸。
大出の暴力におびえ、教師の命令に従うだけだった中学生が、自分で考え行動するようになる後半は、社会を改革できるのは平凡な人間の常識であり、弱い人間でも集まれば巨大な力を発揮できるというメッセージになっているように思えた。
子供を取り巻く環境が悪化している今、本書は、子供に幸福な未来を与えたいと考える大人にも、将来を模索している中高生にも、意義深い作品になるはずだ。
※女性セブン2012年12月13日号