【書評】『呑めば、都 居酒屋の東京』マイク・モラスキー/筑摩書房/2205円
【評者】井上章一(国際日本文化研究センター教授)
この本を読んで、紹介されているいくつかの居酒屋を、おとずれたくなった。しかし、著者は居酒屋のガイドブック、ミシュランを書いているわけではない。そういう読み物からは、遠くはなれたがっているような気がする。
居酒屋のありようから、東京の都市事情がうかがえるところも、おもしろく読めた。お花茶屋から立川、赤羽から大森にいたる東西南北で、のみくらべる。そこから、各地のローカルなあじわいが、うかんでくる。なるほど、飲み屋をとおして街の特色は、こんなふうに語れるのかと、感心した。
それぞれの地域で、戦後史の概略がふれられている点も、ありがたい。居酒屋の立ちならぶ界隈に、歴史はどう投影されているのかが、よくわかる。なるほど、こういううんちくとともに街があるければ、たのしかろうと思う。酒の飲み心地も、またかくべつであろうと、著者がうらやましくなる。
そういったところは、一種のセールスポイントとしても、ねらわれていただろう。新宿のゴールデン街に、戦後史を読みとく。それと同じようなこころみが、溝口や洲崎などでもなされているのである。しかし、それだけの読みものでことたれりとされているわけでも、ないだろう。
ヤケ酒の醍醐味にふれたくて、著者はなれない競馬や競艇にいどんでいる。勝つためではない。府中や大井町の居酒屋で、すてばちに酒をあおるためである。どう考えても、そのふるまいは常軌を逸している。変態と言って悪ければ、何か過剰なものをかかえていると、そうみなさざるをえない。
アメリカの大学をでて、日本文学を研究してきた。プロはだしで、ピアノもひく。そんな著者が、自分の何かをとりもどそうとして、居酒屋のハシゴにいそしむ。みすぼらしさの美学を、ロマンティックにさぐろうとする。その身勝手さをうしろめたく思うのだろうか。文章のはしばしに、自傷めいたふくみが見てとれる。ガイドブックとの決定的なちがいは、そこにあると考えたい。
※週刊ポスト2012年12月7日号