就職活動シーズンが近づいてきた。若者たちが将来を描くために、ロール・モデルを探せと語るのは作家の落合信彦氏だ。氏は、野茂英雄やイチローの生き方に感銘を受けてきたという。二人の生き方からも、リスクを取り、傷つくことを恐れない人生は美しいという落合氏が、若者にエールを送る。
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野茂やイチローは才能に恵まれているのだから比較されても困るという反論もあろう。しかし、野球について「gifted(生まれながらの天才)」である彼らにしても、才能を伸ばす努力を怠らなかったからこそ自信を持ってリスクを取ることができたのだ。待っているだけでは才能は伸びることはないし、チャンスもめぐってこない。
最近では、「上司は部下の才能を引き出すような指導をすべき」というような管理職マニュアルが横行しているようだが、才能は誰かに引き出してもらうものではない。
私は大学院の途中で友人の誘いでオイルのアップ・ストリーム(発掘)のビジネスに身を投じた。その会社で副社長だった時のことだ。MITの修士を修了した男が就職してきた。学業成績は優秀だったが、職場の人間とほとんど話をせず、仕事でもなかなか成果を出せないでいた。
私はその男を呼び、「なぜ他のみんなと話をしないんだ?」と尋ねた。するとその社員は、「話をしても、誰も僕のことを理解してくれないんです」とつれなく言うだけであった。
私はオーナーでもあった会長にその男と会わせた。会長はユダヤ系のアメリカ人で仕事に厳しい男だった。いきなりものすごい剣幕で怒鳴りつけた。「他人がお前のことを理解するかどうかなんて関係ないんだ! お前の人格なんて興味はない。ここはビジネスをやるところなんだから、みんな儲けられるかにしか興味はないんだ!」
酷いハラスメントだと思うだろうか? しかし、会長はビジネスの世界では当たり前の考えを述べたまでだ。自分から何もせず、それでいて理解してもらいたいなどというのは甘え以外の何ものでもない。
その社員は会長に一喝されて以降、人が変わったように仕事に打ち込んだ。周囲のスタッフとも協力するようになり、結果を出そうとした。小さいながらも南米で新しい油田を発掘するなどして、自信をつけていったのだ。
才能は誰の中にもある。誰もが何らかの「gift」を持って生まれて来る。そしてそれは自分の努力によって伸ばすものだ。もちろん先人の助言は必要だが、自分で必死に考えた上で助言を求めなければ意味はない。
努力せずに居心地のいい場所に留まる生き方は、楽に見えるかもしれないが退屈この上ない。退屈は人生最大の敵と私は思っている。今の自分が知っている小さな世界に留まろうとせず、大海に漕ぎ出してもらいたい。海は荒れているし、凶暴なサメにも遭遇するだろう。しかし、小さな泥沼の中で一生身を潜めて生きるよりは、はるかに充実した人生だ。
目の前にあるリスクは5年、10年のロング・レンジで考えれば大したものではない。むしろ、今リスクを取らないことのほうがよっぽど危険だ。これからの若者たちを待つ未来は、政府も企業も個人を守ってくれない。
今のうちに思い切り失敗をしておけばいい。人生はギャンブルだが、10割の打率を求める必要などない。若いうちに思い切り空振りしてみるのも勉強になるはずだ。絶対に出塁できない見逃し三振だけはやめようではないか。
将来の自分のイメージをきちんと思い描き、取るべきリスクを取る。そうすれば、最高に面白い人生が君たちを待っているはずだ。
※SAPIO2012年12月号