阪神タイガースの金本知憲選手が、今シーズン限りで引退した。“鉄人”と呼ばれた彼の強靭な肉体は、ウェイトトレーニングによって作り上げられたもの。その背景には、金本を支えた名トレーナー・平岡洋二氏の存在があった。
それは自らの大切な「作品」を一つずつ、愛しむように紹介する寡黙な芸術家のようだった。
「これがわしの商売道具やから」
そう言ってタブレット端末を鞄から取り出すと、平岡は鍛え上げられたプロ野球選手の画像を次々に表示させていく。これが2年前からうちに来るようになった日ハムの中田翔、そしてこれがダルビッシュ、それから――。
「これがカープに入団した頃の金本。ほら、体が変わり始めた4年目の頃の写真と比べたら全く違うでしょう。特に足なんて、こう。こうですから」
彼は静かに響く声で話す。画面には、入団時よりも一回り大きく鍛え上げられた金本知憲のパンツ一枚の姿がある。この肉体の変化を見ればもはや多くの言葉はいらないだろう、というように。
平岡洋二──相手を射竦めるような鋭い眼光は、元警察官という異色の経歴からくるものだろうか。広島県広島市内のジム「アスリート」の代表を務める彼は、これまでに100人以上のプロ野球選手のトレーニングを指導し、他にも様々な種目のトップアスリートの育成に関わってきた。
「ストレングスコーチ」と呼ばれるその仕事は、ウェイトトレーニングによって選手たちの求めるプレースタイルにふさわしい肉体改造を行なうものだ。とりわけこの11月後半から来年1月にかけては、オフのプロ野球選手が連日ジムを訪れる慌ただしい時期となる。
二人の出会いは1992年。当時広島カープに入団したばかりだった金本はキャンプで平岡の指導を受け、後に「アスリート」を再訪した。その際、彼は「ここでトレーニングをすれば、30代後半になっても今と同じように動けますか」と聞いたという。「わしの言う通りにすれば保証する」平岡はそう答えた。
以来、21年間にわたる二人のトレーニングが始まった。現役時代、「アスリート」を約1500回訪れることになる金本は、年を経るごとに成績を上げ、広島と移籍後の阪神の主砲を務めた。9年目には「3割、30本、30盗塁」のトリプルスリーを達成。体重は入団時より約10kg増えており、彼は平岡の目論見通り筋力増による動きとパワーの両立を達成したのである。
現在、特別講師を務める京都医健専門学校などで講義を行なう際、平岡は自らが計測してきた金本の約100回分の形態測定の記録を生徒に見せる。
「同じ肉体を維持できれば、年齢を重ねても同じプレーを維持できる」
記録紙の束はいわば「身体の履歴書」であり、金本はこのデータで自身の肉体の変化を常に確認することによって競技力を保ってきたのだ、と。
「その意味じゃ、彼は実験台だった。わしは彼のことを『金太』と呼んでいるんだけど、今はもう、同じ家で育った兄弟のような気もするな……」
取材・文■稲泉連
撮影■太田真三
※週刊ポスト2012年12月7日号