捲土重来を期すフジテレビにとって、この「月9」は“絶対に負けられない戦い”だったはずだ。制作側の意図と狙いについて、作家で五感生活研究所の山下柚実氏が分析する。
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木村拓哉主演・月9のドラマ「PRICELESS~あるわけねぇだろ、んなもん!~」(フジテレビ系)の視聴率が20%を突破しました。これまでの回は15~18%あたりを上下していたのが、12月10日に放映された第8話で、とうとう20%の大台に。
今クールのドラマで20%超えは、「PRICELESS」の他に、「ドクターX ~外科医・大門未知子~」(テレビ朝日系)のみ。トップの座を争う展開になりました。
さて、話題の「PRICELESS」というドラマ。一言でいえば現代版わらしべ長者です。会社を解雇されて無一文になったキムタク演じる金田一。ホットドッグの屋台を始めると、大評判となり、今度はその権利を売って魔法瓶作りに着手。6万円の究極の魔法瓶が大ヒットして社長になり……、次から次へと幸運の連鎖が。
とにかく、「幸福荘」という舞台がクサイ。「ハピネス魔法瓶」は、よくぞつけたと思うベタなネーミング。エピソードもベタベタ。「貧しかった時に魔法瓶の温かい飲み物をもらった。その温かさが忘れられなくて魔法瓶作りを始めた」とか、「中小企業のオヤジたちが手と手を携えて助け合い」「金儲けよりも人の思いを大切にしよう」。
「ありえないー!」と、つっこみたくなる部分が随所に。そう叫んでふと、ドラマのサブタイトルが耳に響くのです。「あるわけねぇだろ、んなもん!」
そうか。
ドラマを制作している人たちは、すべて意図しているわけね。ねらってやっているのですね、ベタな作りを。わかりきったクサさを。敢えて、単純化を。
たしかにこのドラマの主題は一行で言い尽くせます。「逆境に置かれても、前向きに攻める男のサクセスストーリー」。この複雑奇怪な時代の中で、明るい希望を表現するためにわざわざ夢やロマンの行方をシンプルにしたのかも。
だから、テレビからちょっと目を離しても、筋立てが混乱してわからなくなることはありません。安心して見ていられます。この素朴なわかりやすさこそ、視聴率が高い理由の一つでは。
でも、最初からわかっている単純な筋だてを、なぜ人は喜んで見るのだろうか? それで娯楽になりえるのだろうか? はい、人は喜んで見るのです。「先がわかっている」からこそ、見るのです。
歌舞伎の忠臣蔵だって、水戸黄門だって、寅さんだってみんなそう。展開も結論も、もうわかっている。わかりきっている筋を敢えてトレースして楽しむ。そういう楽しみ方がある。昔から大衆はそのようにして、多くのドラマを楽しんできたのです。
もちろん、このドラマはただの「単純」が狙いではない。それは、サブタイトル「あるわけねぇだろ、んなもん!」を見れば一目瞭然。
視聴者も、時に素直に涙を流したり感情移入して感動しつつ、ふと冷静になって「あるわけねぇだろ、んなもん!」と自分につっこみを入れながら、その振幅を楽しんでいるのです。そのあたりが、現代的で斬新です。
単純と複雑を行き来する、ポリフォニックな構成。感情を二転三転させてくれる作りこそ、このドラマの人気の理由ではないでしょうか。