グラウンドで最も輝くマウンド近くにいながら、どこか哀愁漂う存在、それが「打撃投手」である。しかしその仕事は、チームの浮沈を左右するほどの重要なものであることは、あまり知られていない。
メジャーではチームに専属の打撃投手は存在せず、打撃練習ではピッチング・マシン相手が主流。人が投げる場合は、投手コーチがその役を買って出たり、学生時代に野球をやっていた人間をアルバイトで雇ったりすることが多い。韓国、台湾などの他の国では、財政上の問題から、他の控え選手が投げるという。
ノンフィクション作家の澤宮優氏が語る。
「なぜ日本だけで打撃投手というシステムが生まれたのか。私はその理由が、日本の文化と深く関係しているからだと考えます。
一つは日本の良き風土である勤勉性です。メジャーや他の国と比べて練習時間が長く、そのため打撃投手が必要となったと考えられます。そしてもう一つは、滅私奉公の精神の強さ。己を殺し、公に尽くすという武士道精神からこそ、打撃投手という職種が生まれたのではないか。
個人主義の発達した欧米文化では、己を捨ててチームのために投げるという発想は成立しにくいのではないでしょうか」
かつて引退したばかりの東尾修が、サンフランシスコ・ジャイアンツのキャンプで、打撃投手を務めたことがある。
東尾の持ち味である制球力を披露したところ、当時のジャイアンツの主力打者は感激し、「こんなに気持ち良く打てる練習はやったことがない。球団はぜひヒガシオを雇うべきだ」などと手放しで賞賛したという。
※週刊ポスト2012年12月21・28日号