12月に予定されていた野田訪露が延期され、ロシアのプーチン大統領との首脳会談の日程が白紙に戻された。これは日本の解散総選挙に向けた政局の混乱やプーチン氏の健康問題が原因と報じられたが、作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏はどちらでもないと断じる。プーチン氏の足下で今、何が起きているのか。日本の新政権はロシアとどう向き合うべきなのか。佐藤氏が裏事情を解説する。
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11月5日、クレムリンは外交ルートを通じて外務省に「11月26日午後にプーチン・森会談を行なう」と連絡してきた。ところが、その3日後の8日に、クレムリンから再び同じルートを通じて、「プーチン大統領の日程がとれなくなったために12月に予定されていた野田首相の訪露を2013年1月下旬に延期してほしい。その関連で、11月26日の森元首相とプーチン大統領の会談日程も再調整したい」との連絡があった。
この情報を得た外務省は、「プーチンの背中の古傷が悪化し、手術を受けるので外交日程をキャンセルした」あるいは「クレムリンが、野田政権の基盤が不安定であるので日本の政局が安定するまで様子見をすることにした」という分析をした。
11月8日夜、筆者がプーチンチームの友人に電話し、この2つの見方を示して、コメントを求めた。すると友人は「1時間待ってくれ」と言って電話を切った。それから1時間もしないで筆者の携帯電話が鳴った。
友人:「プーチンの健康不安に関しては、さまざまな憶測情報が流れている。しかし、手術説は初めて聞いた。何か日本側は具体的根拠となる情報を持っているのだろうか」
佐藤:「現在の日本外務省にプーチン大統領の健康状態をつかむ能力はない。憶測と思う」
友人:「それならば、その憶測が東京発で世界に回ることがないように注意してくれ。本日(8日)、プーチンはモスクワを訪問したペレス・イスラエル大統領と会見し、その模様はテレビでも映された。プーチンが健康上の理由で、森元首相との会談をキャンセルしたのではない」
佐藤:「それでは日本の内政を見ているのか」
友人:「まったく見ていない。現在、ロシアの内政に火がついていて、プーチンには外交に関わる余裕がない」
佐藤:「いったい何が起きたのか」
友人:「おととい(11月6日)のセルジュコフ国防相の解任だ。これは国防省高官と軍産複合体幹部、さらに政府高官にも飛び火する相当大きな事件になる。プーチンは大統領府に、『自分の外国訪問を年末まですべて取りやめろ』という指示を出した」
佐藤:「国を離れることができないほど危機的な事態ということか」
友人:「現時点ではそうだ。また、6日、セルジュコフを国防長官から解任した直後、メドベージェフ首相が『セルジュコフは能力のある国防相だった』という発言をメディアに対して行なった。明らかにプーチンと違うことをメドベージェフは考えている。プーチンとして閣僚の本格的な人事異動を行なわなくてはならない」
佐藤:「メドベージェフ首相も更迭されるのだろうか」
友人:「わからない。いずれにせよ元日から1月7日(ロシア暦のクリスマス)の長期休暇までにケリをつけなくてはならない。だからプーチンは外交日程を延期している」
セルジュコフは、軍産複合体の利権を握っている。さらにセルジュコフの妻は、プーチン側近のズブコフ第1副首相(元首相)の娘だ。セルジュコフと利権を共有する人たちのネットワークがプーチン周辺にも張り巡らされている。
どこで粛清の線引きをするかを間違えると、プーチンのほうが放逐されてしまう危険がある。この時点で大統領が国を離れることができないほど、ロシアの政局は緊張していたのである。
※SAPIO2013年1月号