いま「トンチン保険」なるものが密かに注目を浴びているのをご存じだろうか。この珍妙な名前の保険が紹介されたのは、日本経済新聞11月20日朝刊のコラム『大機小機』。個人資産の多くを所有する50歳以上の世代が、老後の不安から消費を抑えてしまうことに言及したうえで、この保険を次のように紹介した。
《老後設計を念頭に置いた「長生きするほど得をする保険」も考えられる。保険料100万円の一括払い、30年満期で中途解約禁止、満期に生存している人だけで保険料元本と運用益を山分けするといった保険商品だ》
例えば100万円の保険料を2.5%複利で運用すれば、それだけで30年で約2倍になる。さらに、元本と運用益を生存者だけが受け取る仕組みにすれば、満期保険金はさらに倍になり4倍に。
単純化した計算だが、50歳で100万円払えば、満期時には約400万円が受け取れることになる。ただし、これは80歳まで生きていたらの話。事前に設定していた30年を前に、早死にしてしまったら1円にもならないというデメリットもある。そのため『大機小機』では、
<「亡くなる人が多いほど生存者が得をする反道徳的商品」との批判もあり、日本では売られていない>
とも指摘している。 こうした要因もあり、日本では普及するに至っていないトンチン保険。しかしこの保険、よくよく考えれば長寿国日本に生きる私たちにとって、魅力たっぷりの金融商品である。
今や日本の金融資産の6割を60歳以上の高齢者が保有しているが、その多くが“将来への不安”から塩漬けになっている状態。例えば80歳まで生きればまとまった保険金が手に入るとすれば、それまでに財産を使い切ってしまっても怖くはない。この保険の利用によって、高齢者のたんすに眠っていた「埋蔵金」が安心して使われることになれば、何よりの景気対策になるはずだ。
『年金無血革命』などの著書もある大手生保元役員の永富邦雄氏は、このトンチン保険の可能性をこう評価する。
「普通の保険は早く死んでしまったら保険金を貰えるが、これは逆。長生きすればするほど得をする。高齢者間の相互扶助として若い世代に頼らずにすむ。こんなにいい制度はないんじゃないかと私は思います。
たしかに“人の死を待つなんて倫理的にどうか”という声もありますが、買いたい人だけが買えばいいわけですから。そもそも保険にも年金にも、多かれ少なかれトンチン的な要素は入っているんです」
公的年金もその一例だ。日本の年金は原則的に国民全員が負担しているが、受給年齢以前に死んでしまえば貰うことができず、その分が長生きしている人に回る。そういう意味では、ほとんどの年金制度に、トンチン的要素が入っているといえるのだ。
ちなみに「トンチン保険」の名は、考案者である17世紀のイタリア人銀行家、ロレンツォ・トンチに由来するもの。トンチの考案したこの制度は、早くはブルボン王朝のフランスで導入されていたというからその歴史は古い。
ただし、前述のような倫理的な問題についての議論もあり、現在、扱っている国はフランスやオランダなどのごく一部に限られている。
※週刊ポスト2012年12月7日号