2011年の発売以来、10万部突破のベストセラーとなっている『くちびるに歌を』(小学館刊)は長崎県五島列島の中学合唱部が舞台。互いに複雑な家庭環境を持つ合唱部員の仲村ナズナと桑原サトルを中心に、“歌”で強く結ばれた生徒たちが困難を乗り越え、NHK全国学校音楽コンクール(Nコン)の地区大会に出場するまでを描く。
著者の中田永一さん(34才)は中学のころからなかなか友達ができず孤独だった。主人公のサトルもよく似ている。
<休み時間はもっぱら、机にふせて寝たふりをしている>
<クラスメイトと言葉を交わすこともない。いわゆる、ぼっち状態である>
中田さんはサトルに、中学時代の自分の姿を重ね合わせていたという。
「当時の“この先どうしよう”という心細い感じは10代の記憶として強く残っています。でも物語のなかでサトルくんは、ぼくとは違い、合唱とともに自分を肯定できるようになり、成長していく」(中田さん・以下「」内同)
終幕近く、サトルが思いを寄せる長谷川コトミが足を挫き、歩けなくなるシーンがある。
<「……おんぶしようか?」
ぼくはおそるおそる提案してみた。コトミは顔をかがやかせる。
「それ、もうしわけないけど、ナイスアイデアばい」>
「思わず『サトルくん頑張ったな~』としみじみ思いました」
ずっと歌から遠く離れた場所にいた中田さんだが、今では合唱の魅力にすっかり魅せられている。
「合唱は“他人を感じる世界”であり、どれほど美声の持ち主でもひとりでは逆に浮いてしまう。隣で歌っている人の声にじっと耳を澄ませて、歩調を同じにすることで上達していくものなのです。それはすごく素敵なことだと思います」
どれほど思い悩み揺れていても「くちびるに歌」があれば奇跡は起きる。中田さんはすべての中学生にエールを送る。
「10代は多感でいろいろなことに思い悩むけど、『それでも全然大丈夫なんだよ』というメッセージを、合唱の素晴らしさとともに子供たちに伝えたいですね」
※女性セブン2012年12月27日・1月1日号