習近平体制がスタートした。中国は、ひとつでも判断を誤ればたちまち内戦状態へ突入する不安定な状態にあり、新しい中国のリーダーは難しい舵取りを迫られそうだ。ジャーナリストの富坂聰氏がリポートする。
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格差が是正されない以上、人民の不満を掬い上げて共産党と敵対する別の政治勢力が生まれて来ることは必然だ。かつて農村部を基盤とした共産党が国民党政権を駆逐したように、今度は特権階級となった共産党が新勢力によって追われる可能性が出てきた。
人民の不満に火が付けば、その爆発力は共産党を吹っ飛ばすに十分だ。
新たな政治勢力が武力を持つ可能性も否定できない。ソフトランディングが無理な以上、強制力を持って権力を共産党から奪わなくてはならないという気運が高まれば、事は一気に進む可能性が高い。そこまで人民が追いつめられるまで、あとどれくらいの猶予があるだろうか。もちろんこれは病名が特定できても余命が確定できないように簡単にはわからない。
しかし、逆に言えばそれは明日起きても不思議ではないのだ。こう言うと多くの日本人や欧米人は「まさか」と思う。だが、彼らのほとんどはビジネスで主要都市の中心部にしか行ったことがない。北京でさえ第五環状線の内側と外側では別の国だ。外では月3万円でギリギリ生きている人々が大勢いる。その「外側」のほうが国土も人口も圧倒的に多いのだ。
共産党がそれを恐れているのは、党大会前後の異常な厳戒態勢からも読み取れる。共産党は警察力で押さえつけるという対症療法しか持っていない。その予算はふくらみ続けている。人民、共産党双方の生き残りをかけた闘いとなるだろう。
気になるのが人民解放軍の動きだ。共産党をはじめとする既得権者と、人民の不満を背景に台頭する新勢力とが真っ向から衝突した場合、彼らはどう動くのか。
結論から言えば、複数の理由から動かない可能性が高い。
第一に、人民が同時多発的に複数都市の制圧に動いた場合、能力的に対処できないという問題がある。先日の反日デモでは、広東省でいつもは使われない催涙弾が使用された。通常、一つの都市でデモが起きると、周辺地域から応援部隊が投入される。
だが、広州市、東莞市、深?市といった隣り合う大型の都市で同時に大規模な反日暴動が起きたため、地域の警察がパンク寸前に陥り、催涙弾を使用せざるを得なかったのだ。もし人民側も武装すれば、衝突は悲惨なまでにエスカレートするだろう。
第二に、人民解放軍は「共産党の軍隊」であると同時に、「人民の軍隊」という意識も強く、市民に向けて発砲することに抵抗感を持っている者も多い。天安門事件の時も、命令に従わなかった部隊が複数いたと伝えられている。
天安門事件以降、国内のデモ、暴動の鎮圧には人民解放軍でなく武装警察が投入されるようになったのは、国際的な批判をかわすだけでなく、軍側に忌避する動きがあったことも大いに関係している。
人民に銃口を向けることは軍にとってトラウマとなっている。末端の兵士は寒村出身者が多い。同郷の仲間が組織したデモ隊と対峙すれば、なおさら発砲できないだろう。
第三に、「模様眺め」が最も合理的だからだ。
これまで人民解放軍は天下り先ポストを経済官庁に奪われ続けてきた。公共事業が膨れあがるなか、道路、ダム、市庁舎など、おいしい案件は経済官庁から発注される。そのため企業は軍よりも経済官庁から優先的に天下りを受け入れるようになったのだ。
※SAPIO2013年1月号