病室は“奇跡”を信じる声で溢れていたという。
「普段のマサやんは、テキーラ一気飲みしたりする酒飲みで、酔っ払いで、女好きで、不良やけど、とってもシャイで、ナイーブな少年みたいな人やった。だから、彼が倒れたとき、芸能人だけやなく、彼と遊んでいた街場のちょい悪親父たちや、私たちネオン街の女たちも病院に駆けつけて、“まさひろ!”“マサやん!”って、病室で彼の体をさすり、声をかけて彼の回復を願っていたんです」(大阪ミナミのママ)
今年7月、脳幹出血で倒れ、10月26日に心不全で亡くなった桑名正博さん(享年59)。死後には、隠し子の存在や、彼の死を悼む愛人たちの鉢合わせが話題になったが、彼が倒れたとき、病院に多くの飲み仲間が駆けつけたことはあまり報じられていない。
親交があった『アメリカ村のママ』故・日限萬里子さんが亡くなった際、訃報を知らせなかったにもかかわらず、すぐさま東京から駆けつけたという桑名さん。その後、一周忌や、三回忌の際にもギターを片手に現われ、歌が大好きだった萬里子さんの遺影の前で、何曲も弾き語りを披露したという。萬里子さんの弟・満彦さんがいう。
「裏さびれたスナックでもラウンジでも興が乗ればギター一本で歌い出す。かつて大阪のとあるバーでやしきたかじんと一緒になったときは、二人で20曲以上歌いあったことも。その場の客はホンマ、ラッキーやった」
前出・ミナミのママが豪快だった酒場伝説をこう振り返る。
「道で声をかけられた見ず知らずの人を連れてきて、みんなで飲んだり歌ったりするから1回会っただけでファンになる人も多かった。矢沢永吉の歌を歌う客がいると、“それ、オレらのライバルだぜ”とイタズラっぽい口調でいったりね」
あの世でも宴の中心にいることだろう。
※週刊ポスト2013年1月1・11日号