約80年に及ぶプロ野球の歴史の中では、数々の名勝負が繰り広げられてきた。しかし、どんなに有名な出来事にも、まだまだ知られていないエピソードが存在する。今だからこそ語れる、「あの時」のベンチ裏秘話をお届けしよう。
1958年、鳴り物入りで巨人に入団した長嶋茂雄。だが4月5日の開幕戦で、国鉄・金田正一に4打席4三振を喫するほろ苦いデビューとなる。金田が述懐する。
「長嶋が打てなかったのは当然だ。当時ワシはすでにプロ入り8年間で通算182勝、7年連続20勝を挙げる大エースだったからな。それに、長嶋にとってはあの年の天候も不運だった」
この年のオフは記録的な暖冬だった。金田は酷使が祟り、6年目から慢性的なヒジの痛みに悩まされていたが、この暖冬がそのヒジを甦らせたという。
「冬でも半袖で過ごせるくらいの異常気象だ。そのためかヒジの痛みがスッと消えて、猛練習ができた。当時のワシは腕を上げると同時に右足を引き上げる、痛いヒジを庇うためのフォームだったんだが、痛くない状態で投げるから、とてつもなく腕が振れたんだ」
この年、シーズン通算で31勝14敗、防御率1.30、311奪三振で投手三冠を独占した。
ただ、ゴールデンルーキーと相見えた印象は、その日の結果とは真逆のものだったという。
「登板後に捕手の谷田(比呂美)とメシを食うのが決まりだったが、その時に谷田が、“あれだけ完璧に抑えられたのに、ベースに被さったり、近づいたりという小細工をしなかった。こんな打者は見たことがない。長嶋は怖い存在になる”といったんだ。
ワシも同意したね。4三振だが、ワシの絶好調の球を1球だけファウルチップした。とにかくスイングスピードが速い。これには長嶋という選手を認めざるを得なかった」
※週刊ポスト2013年1月18日号