1月10日付の巨大な新聞広告を見て、度肝を抜かれた企業の人事担当者も多かろう。社員800人、所属タレント約1000人を率いる吉本興業が、今春から中学卒業・高校卒業の若い社員を採用するとブチ上げたからだ。
吉本の積極的な人材登用は今に始まったわけではない。2011年、47都道府県にお笑いタレントを住まわせる計画を進めた際には、現地駐在のエリア社員(契約社員)を募集。47人の採用枠に対して5173人の応募が殺到した。震災後の雇用問題が深刻化した時期と重なり、「笑いで地域活性化を」と打ち出した吉本の採用計画には、称賛の声すら上がったほどだ。
いまやタレントのマネジメントやテレビ番組制作、演芸の興行など幅広い才能が求められる吉本の社員だが、かつては就職できない大阪の若者が「吉本しか行くとこないで!」と周囲から脅されるくらい、学歴無用の職場だったという。
『吉本興業の正体』(草思社)の著書もある作家の増田晶文氏がいう。
「芸人というソフトウエアをアウトプットするためのハードウエアが寄席しかなかった頃は学歴などなくても事足りていたのですが、1960年代からテレビ業界に進出して以降、芸人の仕出し屋というスタイルから、テレビ局を支配しながら企画・番組制作まで一貫して手掛ける、いわばシンジケートを築き上げた。その過程では、ある程度学歴のある人でなければテレビ業界相手に戦えなかったのです」
そのため、関西では早くから偏差値60は下らない関関同立(関西学院大学・関西大学・同志社大学・立命館大学)クラスの学生を数多く採用してきた。いまでは、東大・京大といった名門国立大学卒も珍しくない。
では、これまで新卒採用は専門学校や短大卒以上に限っていた吉本が、なぜ再び学歴不問にハードルを下げたのか。
「昨年創業100周年という節目の年を迎え、小屋掛けから始まった自分たちのルーツに先祖返りした。つまり、学歴に関係なく創業の精神に立ち戻り、社員一丸となってドロにまみれて働こうという経営サイドの社内メッセージが込められている。組織引き締めのカンフル剤として中卒・高卒の若者採用を始めたということなのでしょう」(前出・増田氏)
確かに、昨年、大崎洋社長は新聞紙上のインタビューでこんなことを話している。
「社員の半数以上が、劇場でチケットを切ったことがないとか、楽屋の掃除をしたことがないのが実情。そうなると、そもそも興行会社である吉本って何なんだろうと。『吉本はこういう会社なんだよ』という意識を再度、社員に根付かせていきたい」
当の大崎氏自身、朝早くから「なんば花月」前で酔っ払いが残した立ち小便や汚物の掃除をするなど、不遇な下積み時代を経て社長にまでのし上がったのは有名な話。増田氏の言葉を借りれば、「丁稚文化の復権を模索している」ということなのかもしれない。
しかし、中卒・高卒採用の真価が問われるまでには、長い時間が必要だ。
「まず現場に出された若者は、最初はコーヒーの買い出しやチケットの用意、タレントを劇場やテレビ局に送迎するなど激務をこなすことになるでしょう。ここまでなら体力があれば誰でもできます。でも、そこから先、吉本がいちばん重視しているソフトウエアの企画開発は、学歴問わずセンスのいる仕事。中卒・高卒社員がそこまで即戦力になれなければ、本当の意味で丁稚文化の復権は果たせません」(増田氏)