会社内で日本人同士の会話でも英語使用を課せられるビジネスマン。英語ができなければ収入にも出世にも響くこのご時世。英語格差に苦しむ日本人はどうすればいいのか。元マイクロソフト日本法人社長の成毛眞氏が解説する。
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英語公用語化がいくつかの企業で進められている。楽天、ユニクロのファーストリテイリングに続いて、IT企業のサイバーエージェントが導入するなどベンチャー企業や急成長を遂げた企業に多い。
楽天が社員に求める英語力の水準はTOEIC(国際コミュニケーション英語能力)のスコアで一般社員が600点、係長クラスが650点、部長クラスが750点で、規定点数に満たないと降格、あるいは給料の1割減となる。
大手企業の中にも、社員の採用条件をTOEICで600点以上、高いところでは850点以上としているところがある。
そうした風潮からか、英語能力が高い人は収入が高くなるという幻想があるようだ。だが、英語ができるから収入が高いのではない。収入の高い人に英語能力の高い人が多いにすぎない。そういう人は他のスキルでも優れている。法律の知識もあり、マネージメント能力も高い。英語は10持っている能力の1つに過ぎないのだ。
私は社内英語公用語化などまったく無意味だと思っている。幹部社員ならまだしも一般社員にまで社内で英語を使わせることになんの意味があるのか。おそらく海外赴任を経験しないまま会社人生を終える社員が大半である。そんな社員に社内で英語を義務づけるとはまるで拷問のような企画だ。
日本人で英語を本当に必要とする人は、たった1割しかいない。
この1割という数字は、海外在留邦人、外資系企業の従業員、大型ホテルや外国人向け旅館の女将、新幹線の車掌など英語を必要とする立場、職業の総数からはじき出したものだ。残りの9割は勉強しても使う場がない。
にもかかわらず少なからぬ大企業が採用条件にTOEICのスコアを課している。入社後、日常的に英語を使うことはほとんどない。TOEICのスコアは特権階級の意識を満足させるために存在しているようなものだ。
採用する側は「うちの会社は、これだけ高いレベルの社員を求めているんだ」と誇示し、採用された側は「難関を潜り抜けて就職できた」と満足する。英語ができても仕事ができるわけでもないし、コミュニケーション能力が高いわけでもない。しかし、英語の格差がそのまま就職や出世に影響するというおかしなことになっている。
企業とは勝手なもので、就職氷河期で買い手市場の今はどんな条件でも付けたがる。英語で騒いでいるのもそのためだ。しかし、あと5年もすればガラリと方向転換するだろう。団塊の世代がごっそり退職して人材が足りなくなるからだ。すると経営者は「英語なんてできなくていい。仕事しながら覚えろ」と言い出す。その時になって慌てて英語以外のスキルを身につけようとしても手遅れである。
だから、英語を必要としない9割の人は、目先の査定に怯えて企業のいいなりになり、まじめに英語を勉強する必要はない。現在の英語格差による多少の不便は甘んじて受け入れ、むしろ今はまだ必要とされていない国際会計や国際法でも学んだほうが必ず役に立つときが来る。
※SAPIO2013年2月号