経済の進捗著しいとはいっても大陸を覆う空気は重いらしい。中国の情勢に詳しいジャーナリスト・富坂聰氏が明かす。
* * *
2012年12月の末、日本を訪れていた中国の官僚Lと東京で会う機会があった。
Lと会うのは久しぶりであったが、日本に来ても忙しいのか、Lの携帯は中国からの着信で落ち着かない。一度、二度と会話が中断されてゆくなかで、何気なく聞いていた彼の電話の応対に違和感を覚えた。
Lは、親しい人物から電話を受けると、その相手が分かった瞬間に、「やー」とくだけた調子で返事をすると、それに続けて、
「你幸福嗎?(あなた幸せですか?)」
とふざけた口調で尋ね、笑ったのだ。
こうしたやり取りが二度、三度と続き、ときには相手から尋ねられたのか、「オレは幸せだよ」と答えることもあった。
「その『你幸福嗎?』という挨拶は何?」
何度目かの電話の後にLに訊いた。
するとLは、「ああ、これ知らないのか」といってこう説明するのだった。
「これはCCTV(中国中央電視台)の番組がきっかけで流行しているジョークだよ。実はCCTVが全国各地でいろんな人に『あなた幸せですか?』と尋ねる番組を始めたんだけど、そしたら誰一人『幸せです』と答える人はいなくてね。逆に、『お前は幸せなのか?』とムッとして訊き返されたりして、毎回爆笑問答になるんだ。それでみな面白がって親しい人の間でジョークとして使われるようになったんだ」
この番組で最初に話題を呼んだ珍問答は、記者が曾という出稼ぎ労働者にマイクを向けたときだ。その男性は、「あなた幸せですか?」と聞かれたのに対して、なぜオレにそんなことを訊くのかという表情で、「オレは出稼ぎ労働者だよ。他の人に訊いてくれ」と回答したのだ。言外には「出稼ぎ労働者が幸せなはずないだろう」という意味が込められていた。
だが、記者も引き下がらない。続けて、
「你幸福嗎?」
と聞いたのだが、このとは男は記者が自分の名前を訊いたのだと勘違いして、
「我姓曾」と至極真面目に答えた。
実は、この「我姓曾」の発音は、「私はかつて幸せだった」という中国語とほぼ同じ発音だったから、大爆笑となった。「私はかつて幸せだった」という答えは世相を見事に反映した答えであると同時に共産党政権に対する皮肉でもある。それを出稼ぎ労働者が、自分の名前を答えるような生真面目さで言ったのが笑いのツボだったという。
Lに言わせれば、このCCTVの企画自体も皮肉ではないかという。