【著者に訊け】小林健治氏/『橋下徹現象と部落差別』(宮崎学氏と共著)/モナド新書/987円
橋下徹・「日本維新の会」代表代行の政策には反対、だからといって氏に対する差別報道まで容認することがない点で、『橋下徹現象と部落差別』の著者、宮崎学氏と小林健治氏の態度は、他の言論人と一線を画す。
「宮崎さんも前書きに書いてますよね、〈俺は橋下徹がきらいだ〉と。かといって出自を根拠に人格を否定する一連の報道は到底許せるはずがない。個別・具体的に考えるのが、まともな人間の感覚でしょう? なのに“敵の敵は味方”とばかりに『週刊朝日』側を擁護し、差別に加担する左派系文化人への失望と怒りが、本書の出版動機です」(小林氏。以下「」内同)
昨年10月、『週刊朝日』に掲載された緊急連載「ハシシタ 奴の本性」(文・佐野眞一+『週刊朝日』取材班)を巡る一連の騒動を含めて、本書では“橋下徹現象”と呼び、その問題点を一昨年来の〈血脈〉報道に遡って徹底検証する。両氏の批判は“身内”にも容赦がなく、敵味方を問わない本質的で公正な議論がいかに欠けていたかを浮き彫りにする。
小林氏は部落解放同盟で長年マスコミ対策に従事してきた差別表現問題のスペシャリスト。今回の報道は〈橋下徹のDNAをさかのぼり本性をあぶり出す〉という名の下、本人が〈抗弁できない「出自」〉を追及した“興信所まがい”の手法自体に問題があるという。
「今回暴かれた血脈なるものを、我々は“調べさせないために”闘ってきたんですよ。人種や肌の色と違って、被差別部落出身かどうかは目に見えない。だから身元を調べるわけで、それが差別に繋がるという自覚がないだけに、怖いんです。確かに橋下氏は公人ですが、生まれた町を特定し、育てられてもいない実父の職業や従兄の犯歴を暴くことが、政治家の資質と何の関係があるのか。実際〈俺の生まれは俺の不祥事か〉という彼の反論に朝日側は何も答えられていません」
検証は宮崎・小林両氏の対談形式で進み、主に以下の五報道が俎上に上る。
(1)『週刊朝日』「ハシシタ」
(2)同誌2012年8月17日号の〈「血脈」追求第一弾〉
(3)『週刊文春』
(4)『週刊新潮』(共に2011年11月3日号)における大阪ダブル選挙に際した〈悪質かつ差別的なネガティブ・キャンペーン〉
(5)『新潮45』2011年11月号の「『最も危険な政治家』橋下徹研究」(文・上原善広)
「実は(1)から(4)まで元ネタは(5)の『新潮45』にあって、朝日が佐野さんを担ぎ出した構図と同様、部落出身のフリーライター・上原が書けばセーフだと〈弾除け〉にされた。しかも出版界はこんな“売らんかな”の差別記事を『編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞大賞』に選んだ。世論やネットの反応の方がずっとマトモです」
例えば一昨年の大阪市長戦では、センセーショナルな血脈報道が橋下氏の圧勝を後押しする格好となった。
「こんなやり方はおかしい、卑劣だと、差別のきつい大阪ですら市民は健全な判断を下した。今回の朝日の件でもツイッターは橋下支持・佐野批判が圧倒的で、〈好き嫌いは別にして〉と事態を冷静に見ている人も多い。それが文化人知識人のブログになると、表現の自由を理由にした朝日擁護がいきなり増えるんです」
問題は事実誤認にも表現の自由にもプライバシーの侵害にもない。それは橋下氏自身明言していることで、「事実」と人格を結びつけ、〈ほら、アレですよ、アレ〉と仄めかす〈イメージ操作〉こそが、問題なのだと。
「実は朝日を擁護した人ほど人権派なのに、反差別の社会的連帯と政治的立場を、なぜ切り離せないのか? 情けないことにその点を最も混同したのが解放同盟で、抗議文に〈橋下徹氏を擁護するために抗議しているわけではありません〉と付け加えるなど、真底から糾弾をしていない。
橋下府政と敵対してきた同盟にすれば、確かに橋下票が減るに越したことはない。でも解放同盟が差別を許さないという一点で結集した社会団体である以上、相手が誰であれ差別された人を全力で守らなければ水平社以来の原点は失われる。我々は政治的にではなく社会的に差別と闘うべきなんです」
●構成/橋本紀子
※週刊ポスト2013年2月1日号