昨年末、20年間に及ぶ現役生活にピリオドを打つことを発表した松井秀喜氏。年が明けると、7日には巨人・渡辺恒雄球団会長(86)が「原君のあとをね、多少コーチなどもやってもらうけども、いずれ大監督になってもらいたい。それはみんな望んでることだ。おそらく野球ファン全部が望んでるんじゃないかね」と発言。巨人の親会社である読売新聞グループ本社会長・主筆の鶴の一言で、松井氏の将来の巨人監督就任も現実味を帯びてきた。
気になるのは、いまだニューヨークに在住する松井氏からは一切、反応が聞こえてこないことだ。いったい、本人はどう思っているのだろうか。
2005年に出版された書籍『ヒデキマツイ』(朝田武蔵著、日本経済新聞社)でのインタビューで、松井氏は巨人への複雑な心境を明かしている。
〈ジャイアンツは読売新聞の広告塔に過ぎないんじゃないですか。初めてそう思ったのは、僕が日本にいた最後の年です。ジャイアンツのユニホームは、ホーム用はジャイアンツ、ビジター用は東京です。伝統あるユニホームですよ。最後の年、それが読売になった。あれはがっかりしましたね。六十何年という日本で最も歴史のあるチームなわけでしょ。そのユニホームを変えちゃうということには、すごいショックを受けました〉
1993年入団以来、10年間巨人の主力として優勝4回、日本一3回導いた松井氏は、2002年オフにFA宣言し、ヤンキースへ移籍した。その際のことについても、同書ではこう語っている。
〈僕は分かんないんだけど……。確かなことじゃないんだけど……。親父がそう思ってるだけかもしれないけど……。松井秀喜を読売の支配下においてヤンキースに行かしたいというような話ですよ。早い話が、首に縄つけてやらしておきたい。なんかあったらビッと引いておきたいと。ヤンキースとジャイアンツは提携してますから、読売の方からいろいろ手を回したりしたんじゃないか、と親父は思ってるんです〉
真相は、本人すらわからないのかもしれない。もちろん恩師・長嶋茂雄氏やファンへの感謝の気持ちはゆるぎないものがあるのだろうか、巨人というチームに対しては、若干複雑な心境を持っているようである。松井氏の巨人復帰は、はたして実現するのか。スポーツライターはこう解説する。
「長嶋さんやファンへの恩義は決して忘れていない。ただ、松井は自分の考え方にこだわりを持ち、こうと思ったら誰になんといわれようと変えない性格。本当にオファーが来た場合、自分のなかでどう折り合いを付けるのか。巨人がどのような態度で交渉するかにかかっているのではないでしょうか」