衆議院選挙戦最終日の12月15日、秋葉原で行われた安倍晋三・自民党総裁の街頭演説にはおよそ3000人が集まった。日の丸を手にした群衆で埋め尽くされた駅前ロータリーには、どのような人間が集まり、現場では何が起きていたのか? ジャーナリストの安田浩一氏が現場の状況をリポートする。
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午後7時半。安倍総裁が盟友の麻生太郎氏とともに姿を現わすと、駅頭のボルテージは一気に高まった。日の丸の旗はなお一層激しく波打ち、電飾を施した「アイラブ自民党」のプラカードが上下に揺れる。まるでアイドル歌手のコンサート会場だ。小林よしのり氏が言うところの「紅衛兵」の群れに見えないこともない。
街宣車の上で、安倍総裁は人差し指を左右に何度も突き出しながら、「最後のお願い」に熱弁をふるった。景気回復、教育改革、そして外交。民主党ではなし得なかった政策を必ず実現するのだと訴える。なかでも群衆を沸かせたのは、教育と外交に関する主張だった。
「日本の教育を歪めているのは日教組です!」
「竹島に外国の政治家が上陸した。自民党時代にはあり得なかったことです!」
規律のある強い日本を目指すそれを示唆する言葉が安倍総裁の口から漏れるたびに、割れんばかりの拍手と歓声がビル街に反響する。
「そうだあ!」 「売国奴を一掃しろ!」
文言だけを拾い上げれば、日夜、ネット言論で当たり前のように流通しているものである。しかし、絶叫に近い生身の声を伴うと、それはさらに熱を帯びて耳に突き刺さる。これがいまの日本の「気分」なのだなと、私は受け止めるしかなかった。
この場にいる人々が、必ずしも日本を代表しているわけではない。だが、マスコミへの怨嗟と、安倍総裁に対する熱狂的な求愛は、間違いなく日本を覆う不安と不満を突破したいと願う「気分」を表わしている。
マスコミに、民主党に、そして中国や韓国、北朝鮮に、経済も国土も自信も奪われたと感じる人々にとって、返り咲き「安倍首相」は奪われたものを取り返してくれるであろう救世主なのだ。私はこのとき、自民党の圧勝を確信し、そしてその通りとなった。
私が取材で知り得たネット出自の草の根保守層は、その多くが安倍総裁を「待ちに待った本当の保守」だと持ち上げた。尖閣に公務員を常駐させると言い、「国防軍」の設置に言及し、日教組の影響力を弱めると宣言する安倍総裁は、「弱った日本」を立ち直らせる「強さ」の象徴である。
安倍総裁を熱狂的に後押ししたネット言論を見よ。明日にでも武力で中国や韓国を駆逐できそうな「期待」でいっぱいだ。「在特会」(在日特権を許さない市民の会)などのデモに参加する30代の会社員などは、「この勢いで売国的言論など取り締まったほうがいい」と気勢を上げる。人権擁護法案に反対してきた彼にして、ここまでのぼせているのだ。人間、弱った時ほどシンプルで力強い言葉に鼓舞される。
だが熱狂と興奮に満ち溢れたネット言論は、いつまでその体温を維持できるのか疑問視する向きも多い。自民党大勝が「安倍に批判的な穏健派議員も大量に生み出した」(政治部記者)こともまた、忘れてはならない。
※SAPIO2013年2月号