ハンドメイド市場が拡大している。手芸や工作など、これまで“ハンドメイド”という言葉が喚起してきた分野のみならず、生活用品から電子機器まで、その領域は、あらゆる身の回りのものに広がっている。個人が「ものづくり」を楽しみ、そして儲ける時代が到来しつつある。
現在、4000億円市場と言われるハンドメイド業界。社団法人日本ホビー協会によると、とりわけ東日本大震災以降、市場は拡大傾向にある。日本最大級の手芸専門店「ユザワヤ」は、5年ほど前から都市部への出店を加速した。ここ10年あまりで、店舗数は約10倍に増加。商品の販売だけでなく、店頭無料講習会や手作り専門のカルチャースクール(ユザワヤ芸術学院)にも力を入れ、手芸・工作人口の底上げに取り組んでいる。
最近は「DIY女子」にも注目が集まる。男性の趣味と思われがちな日曜大工(=DIY)に女性が参入。家の壁や床を塗り替えたり、棚や机を欲しい形に手作りするなど、生活空間に親しむ主婦層などの間でDIYの効用が認識されつつある。ホームセンターも、新たな顧客の取り組みに積極的だ。業界大手の「カインズ」は、ピンク色の電動ミニドライバーを発売するなど、女性を意識した商品化を進めている。
かつて機械いじりに熱中した男性たちも負けてはいない。手芸店ではレザークラフト売り場に中高年男性が増えているという。財布やキーケース、上級者なら鞄までをも、高級感あるレザーで手作りするのがちょっとしたブームのようだ。イオングループの専門店「パンドラハウス」には、レザークラフトの手作りキットが揃う。
SNSが発達したこの時代、作るだけではなく、共有するのも、ものづくりの醍醐味だ。「Facebookに投稿するために、陶芸や手芸などの1日体験コースを受講する若者もいる」と話すのは、消費者行動に詳しいニッセイ基礎研究所の久我尚子氏。SNS上での高評価が、“売る”きっかけになったという女性も多い。
「見てもらっているだけで満足だったのですが、欲しいという声を聞いて、販売を始めました」。ブログ上で手作り鞄を紹介していた30代女性は、ハンドメイド商品を売買するサイトに出店を始め、月5~10万を売り上げる。「CtoC(個人から個人へ)サイト」の整備が、ハンドメイドを趣味からビジネスへと、押し上げつつあるようだ。
ネット上に限らず、リアルでの共有の場も広がっている。
東京・千代田区になる「はんだづけカフェ」は、はんだごてなどの工具を無料で借りられる。他にも、アクセサリー材料を購入し、その場で手作りできる「ものつくりカフェFe+」(東京・荻窪)など、道具・材料を共有(あるいは購入)できる店が人気を博す。共有するのは道具だけではない。共通の趣味・嗜好を持つ仲間との交流や情報交換も、カフェに集まる大きな目的の一つだろう。
このように、手作りを楽しむ個人が増えている背景について、ものづくりの現場に精通する政策研究大学院大学名誉教授の橋本久義氏は、3つのポイントを指摘する。
「1つは、ものづくりが見えなくなっていた時代への反動です。大量生産・大量消費時代、個人にとって“もの”は、作る対象ではなく、買うものだった。でもやっぱり、日本人は、ものづくりが好きなんです。その郷愁が、いま、様々な分野でものづくりへと向かわせている面があると思います。
2点目は、材料や道具・機械の進化、あるいは低価格化です。例えば3Dプリンタを個人で買おうとすると、かつては億単位した。もちろん現在でも高額なのですが、数十万で手に入る時代になった。貸してくれる工房なども登場している。個人が、比較的容易に、高技術を手にできるようになったのです。作る人が増えれば、道具や材料も売れますから、よい循環が生まれます。
3点目は、売る環境が整ったことです。いま、ネット上には、手作り商品を売り買いできるサイトが増えていて、個人でも手軽に売る側に回れるようになっています。売れると、ますます作りたくなるのが人情です」
東急ハンズとロフトは、昨年から、個人作家の手作り商品の売り場を新設。個人の「ものづくり」は、企業をも動かしつつある。
折しも昨年、世界的ベストセラー『ロングテール』『フリー』の著者・クリス・アンダーソンの新著『MAKERS 21世紀の産業革命が始まる』が刊行された。アンダーソンは新時代のパラダイムシフトとして「メイカーズ革命」を挙げ、「だれにでも、どんなものでも作れるようになった」と唱える。ものを作る喜びを取り戻した個人の手で、革命は静かに始まっている。