名優たちには、芸にまつわる「金言」が数多くある。映画史・時代劇研究家の春日太一氏が、その言葉の背景やそこに込められた思いを当人の証言に基づきながら掘り下げる。今回は俳優、橋爪功の「声」について掘り下げる。
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橋爪功といえば、主役から脇役・悪役まで幅広くこなす幾多の映画・テレビドラマ、あるいは劇団「円」の座長としての舞台の印象が強い方が多いことだろう。が、筆者が最も鮮烈な感激を抱いてきたのは橋爪の「声」の仕事、特にラジオドラマだ。
中でも『鬼平犯科帳』(TBSラジオ)では、主人公の鬼平から盗賊たちまでを自身一人の声で違和感なく演じ分けており、その見事な「芸」に圧倒された。
「大好きなんですよ、ラジオって。一人でやっているから結構遊べるし、誰にも文句を言われないから(笑)。
普段から対談集とかを読むのが好きでね。二人の話し手の間で、どういう空気が流れているのかをよく考えるんです。文章では『笑っている』と書かれていても、本当に笑っているのかどうかとか、表向きはこう言っているけど内心ではさっきの意見に反対してるんじゃないか、とか。
NHKで吉川英治さんの『三国志』を二、三年かけてやった時も、あの物凄い量の登場人物の一人一人の裏側の気持ちを考えながら声を変えました。そういう工夫が好きなんです。
大変というより、楽しい。何日かに分けて録音すると、『あれっ、この前、どういう声でやってたかな』と間違えることもあるんですが。それでも、その気になれば、そういう声って出てくるんですよ。『こういう人物はこういう声』と考えながら台詞を言っていくと世界が開けてくる。本を読んでいても、空気の厚みが増えるんです」
※週刊ポスト2013年2月8日号