東大野球部は目下、どん底にある。2010年秋に早大に土をつけて以降勝利はなく、リーグ戦は46連敗中。30季(15年)連続で最下位を独走する。そんなチームに、「遥かなる一勝」をもたらすべく招聘されたのが同部OBで、都内で学習塾を経営する浜田一志氏(48)だ。浜田氏による「東大野球部再生計画」を、ジャーナリストの森健氏がリポートする。(文中敬称略)
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もとより浜田の東大野球部に対する熱意は尋常ならざるものがあった。スカウトでは、毎年百人前後の選手に目をつけ、毎月現地に足を運び、数人の生徒を入部へ結びつけた。 また、老朽化した野球場の人工芝を張り替える計画にも参画すると、OB会のコネクションを活かして募金活動を展開。7500万円の目標を上回る1億円を集め、人工芝はもちろん、マウンドの盛土まで神宮球場と同じ環境に整備した。
そして、監督就任後は元西武の今久留主成幸、さらに今年一月には元巨人の桑田真澄が相次いで特別コーチに就任(今久留主と桑田はPL学園時代のバッテリー)。前任監督の時代からの谷沢健一も打撃コーチにおり、技術指導は豪華極まりない布陣となった。要は「本気で勝ちに来ている」のが一貫した浜田の姿勢だった。事実そんな周囲の期待に応えるように、早くも浜田の指導は部員の士気高揚に一役買っている。
東大野球部の練習は週6日、朝9時から12時の3時間が基本である。浜田が監督就任以降、冬場だけ週5日になったが、この冬だけでも変化があったという。その象徴が練習開始時の掛け声だ。朝9時、全員で次の言葉を大声で唱和することから練習が始まるようになった。
「人として東大野球部員であることを肝に銘ぜよ! チームとして闘う集団であれ! 今日の練習は『限界突破プラスファイブ』! 夢は優勝!」
限界突破プラスファイブのファイブとは、春季に1勝、秋季に4勝の計5勝。あるいは、選手によっては太もも回りを5センチ太くするという複合的な「プラス5」の目標だという。 この掛け声でずいぶん気合いが入るようになったと1年生の白砂謙介も言う。
「形としても、言葉としても、『よし、練習するんだ』とやる気が出る。以前は漫然とはじめていたので、今は練習にメリハリがつくようになりました」
練習が開始されると、浜田はグラウンドを回り、一人ひとりの個性に合ったアドバイスをする。ただし、グラウンドに留まらないのが浜田流だ。採り入れたのは日々の練習とは別に月1回行う選手との個別面談である。グラウンドを離れて時間もあるため、技術指導のみならず、個人的な話も語れる。「監督との壁がなくなった」(籔マネージャー)と選手は感じ、その効果によって選手は生き生きと練習するようになった。
あたかも企業がトップ交代で再生するときのようなマネジメント効果。そんな意識改革を、浜田は生み出しているようだった。
※週刊ポスト2013年2月8日号